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はじめに
診察室でこんな言葉をよく聞きます。「朝になるとお腹がぎゅっと痛くなる」「玄関まで行くと足が前に出ない」。学校に行けない自分を責めてしまうお子さん、支えたいのに正解がわからず戸惑うご家族。どちらも決して弱いわけではありません。心と体はひとつ。つらさは、努力不足ではなく「サイン」です。気づきが早いほど、回復は確かに進みます。
早めに気づくサイン
- 朝の身体症状が続く(頭痛、腹痛、吐き気、めまい、倦怠感)
- 日曜の夜~月曜の朝に特に症状が強くなる
- 寝つきが遅い、起きられない、昼夜逆転
- 宿題や連絡を見ると強い不安・涙・過呼吸
- 食欲の低下、イライラ、元気がない、好きだったことへの興味低下
- 学校の話を避ける、家族との会話が減る、ゲームやスマホへの逃避が増える
不登校の背景にある主な要因(複数が重なることが多いです)
- 不安障害(分離不安、社交不安、広場恐怖など):登校や人前での失敗への恐れが強い
- 抑うつ状態:朝起きられない、意欲低下、自己否定の強まり
- 睡眠・概日リズムの乱れ:思春期は生物学的に夜型へ傾きやすく、遅寝遅起きが固定化しやすい
- 学校環境のストレス:いじめ、過度な完璧主義への圧、転校や人間関係の変化
- 神経発達特性(ASD/ADHDなど):集団・感覚刺激・切り替えが負担になりやすい
- 身体要因:貧血、甲状腺、起立時の血圧変化など身体科の鑑別が必要な場合も
家庭でできる初期対応(今日からできる小さな一歩)
- 安心の土台づくり:正しさより「聴く」ことを優先。「行けない日はどう過ごすと少し楽?」と選択肢を一緒に探す
- 体調の見える化:起床・就寝時刻、症状の時間帯、きっかけ、ラクになった工夫を簡単に記録
- 睡眠衛生のテコ入れ:起床時の朝日・カーテン全開、午前の活動、就寝前1時間はブルーライトをオフ
- 小さく戻る練習:いきなり通常登校ではなく、保健室登校・短時間登校・校門まで行く等の段階づけ
- 学校との連携:担任・養護教諭・スクールカウンセラーと「できる形」をすり合わせる(別室・時間差・課題調整)
- 叱責より伴走:行けた日も行けなかった日も、努力を言葉にして認めるフィードバックを
医療・カウンセリングでできること
- 評価(アセスメント):不安・抑うつ・睡眠・発達・身体疾患の有無を包括的に確認
- 心理療法:認知行動療法(CBT)で不安の扱い方や行動の段階づけ、親面接で関わり方を整える
- 家族支援:家庭内のルールと安心感のバランスを調整し、再登校の現実的なロードマップを共有
- 学校連携:医師意見書の活用、合理的配慮(時間・場所・課題量)を学校と合意形成
- 薬物療法:強い不安・抑うつで日常が著しく障害される場合、エビデンスのある抗うつ薬(SSRI)を慎重に併用
- 睡眠・リズム介入:起床固定、朝光、活動スケジュール、必要に応じて専門治療
小さな体験談(匿名・要旨)
- 中1・Aさん:「日曜の夕方から胸がドキドキ。朝になると吐き気で動けず…」→CBTで不安の波を「名前で呼ぶ」コーピングを練習。保健室から20分登校を2週間、徐々に延長。朝の散歩と光で睡眠を整え、2か月後に時差登校へ。
- 小5・Bくん:完璧主義で宿題に3時間。提出前夜に涙。→課題を「やる/やらない」ではなく15分タイムボックスに。赤ペンを「応援ペン」に変え、できた部分を可視化。担任と課題量を調整し「60点でOK」の合言葉に。朝の腹痛が半減。
よくある質問(Q&A)
Q1. 「学校に行きたくない」は甘えですか? A. いいえ。多くは不安や抑うつ、睡眠リズムの乱れなど医学的背景があります。叱責は回復を遅らせます。
Q2. 受診の目安は? A. 2週間以上つらさが続く、生活リズムが崩れて立て直せない、自己否定や希死念慮が見られる場合は早めの受診を。
Q3. 薬は必要? A. 基本は心理社会的介入が中心。重症度や機能障害が強い場合に限り、CBTと併用してSSRIなどを慎重に用います。
Q4. ゲームやスマホはどう管理する? A. 罰として一律禁止より、睡眠衛生と日中活動を優先し、時間・場所・内容のルールを家族で合意形成します。
Q5. 親は何を言えばいい? A. 「行けるように一緒に作戦を立てよう」「今日はここまで頑張れたね」と努力のプロセスを言語化して承認を。
Q6. 発達特性がある場合のポイントは? A. 感覚過敏や見通しの不安に配慮。スケジュールの見える化、刺激を減らす別室、短い単位での達成設計が有効です。
受診・相談のすすめ 不登校は「誰のせい」でもありません。背景を丁寧に見立て、家族・学校・医療がチームになると回復は加速します。心療内科や児童思春期外来、スクールカウンセラーに早めに相談してください。初診では、経過メモや学校とのやりとり、睡眠・食事の記録が大いに役立ちます。
医師からのメッセージ
心は見えないからこそ、苦しさは伝わりにくいものです。でも、見えないだけで確かに存在します。たとえ今、足が前に出なくても、回復は小さな「できた」の積み重ね。私たちは、その一歩が安心して踏み出せるよう、医学的根拠と伴走する姿勢で支えます。どうか一人で抱え込まず、早めに声をかけてください。
引用文献(PubMed、主要なエビデンス)
- Walkup JT, Albano AM, Piacentini J, et al. Cognitive behavioral therapy, sertraline, or a combination in childhood anxiety. N Engl J Med. 2008;359(26):2753-2766. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18974308/ 要点: 児童の不安障害に対し、CBTとSSRI併用が最も有効で、単独療法より効果が大きい。
- Crowley SJ, Acebo C, Carskadon MA. Sleep, circadian rhythms, and delayed phase in adolescence. Sleep Med Rev. 2007;11(6): (思春期の夜型化を概説) PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17964265/ 要点: 思春期は生理的に就眠が遅れやすく、起床困難や昼夜逆転が学業・登校に影響。
- American Academy of Child and Adolescent Psychiatry (AACAP). Practice parameter for the assessment and treatment of children and adolescents with anxiety disorders. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 2007. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17721441/ 要点: 児童思春期の不安障害治療の標準:CBTと家族支援、必要時の薬物療法。
- Takizawa R, Maughan B, Arseneault L. Adult health outcomes of childhood bullying victimization. Am J Psychiatry. 2014;171(7):777-784. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24743774/ 要点: いじめ被体験は長期的な精神健康に影響し、早期介入の重要性を示す。
- Silverman WK, Pina AA, Viswesvaran C. Evidence-based psychosocial treatments for children and adolescents with anxiety disorders. J Clin Child Adolesc Psychol. 2008;37(1):105-130. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18444055/ 要点: 児童思春期の不安障害に対し、CBT等の心理社会的介入の有効性を総説。