健康志向の落とし穴“ヘルスアノレキシア”ご存じですか?

はじめに

その「健康法」、あなたを苦しめていませんか 「白い砂糖は絶対ダメ」「添加物は一切NG」「外食は不潔」——最初は軽いこだわりのつもりでも、気づけば食事が怖くなり、友人との食事会を断り続ける。健康志向があなたの自由を奪っているなら、それは“ヘルスアノレキシア(オルトレキシア)”のサインかもしれません。心療内科では、まじめで優しい人ほど陥りやすい印象があります。

ヘルスアノレキシア(オルトレキシア)とは

  • 定義:健康的と信じる食事に強迫的にこだわり、食の範囲が過度に狭くなる状態。摂食障害の一種として議論され、オルトレキシア・ナーボサ(Orthorexia Nervosa)とも呼ばれます。
  • 特徴:体重やカロリーよりも「純度」「クリーンさ」「無添加」に固執。ルールから外れると強い罪悪感や不安が生じ、生活機能(仕事・学業・人間関係)が低下します。

症状セルフチェック(3つ以上で要注意)

  • 食べ物を「良い/悪い」で極端に二分し、ルール違反に強い罪悪感がある
  • 成分表示や原材料に長時間を費やし、買い物にとても時間がかかる
  • 誘いを避けてまで自分の食事ルールを優先する
  • “クリーン”に食べられない日はトレーニングで帳尻を合わせる
  • 栄養バランスより「添加物ゼロ」や「無農薬」などに偏りすぎている
  • 月経不順、寒がり、立ちくらみ、疲れやすさ、集中困難がある
  • 食の話題を考え続け、仕事や勉強に集中できない
  • 家族や同僚の食べ方にイライラし、口出ししてしまう

原因と背景:完璧主義・SNS・脳のしくみ

  • 心理的要因:完璧主義、HSP気質、強迫傾向、コントロール感への渇望。過去の病気や体重変動の不安。
  • 社会文化的要因:SNSやインフルエンサーにより「クリーンイーティング」が称賛されやすい環境。加工食品や添加物への過度な恐怖を煽る情報。
  • 生物学的要因:不安が強い時に「ルール」で安心を得ようとする脳の働き。栄養不足そのものが不安・抑うつ・睡眠障害を増悪させ、こだわりを強化します。

からだと心への影響

  • 身体面:低栄養、貧血、低血圧、便秘、骨密度低下、月経不順、皮膚・髪のトラブル、免疫低下。
  • 精神面:不安障害、抑うつ、社交回避、強迫症状、不眠、集中力低下。
  • 社会面:家族・パートナー関係の緊張、孤立、仕事や学業のパフォーマンス低下。

受診の目安と通院の流れ

  • 目安:セルフチェックに該当、健康診断で栄養不足指摘、外食や旅行が苦痛、月経が止まった、体調不良が続く——いずれかで心療内科や精神科、栄養に詳しいクリニックへ。
  • 初診で話すとよいこと:食事ルール、避けている食品、発症時期、体調変化、日常生活への影響、SNSや情報源、運動習慣、既往歴。
  • 検査:血液検査(貧血・甲状腺・電解質等)、骨密度、体組成などを必要に応じて。

治療と支援:心理療法・栄養サポート・服薬

  • 心理療法(中核):認知行動療法(CBT)で「食の白黒思考」を柔らかくし、段階的に恐怖食品に慣らすエクスポージャーを実施。ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)やマインドフルネスで“完璧”から“ほどほど”へシフト。
  • 栄養サポート:管理栄養士と「安全な幅」を広げる個別プラン。鉄・亜鉛・ビタミンD・カルシウムなど不足評価。整える→広げる→楽しむの3段階で。
  • 薬物療法:不安・抑うつが強い場合、SSRI等を短中期で併用することがあります。薬は主役ではなく橋渡し役。
  • 家族支援:非難せず共感的に関わるコミュニケーション練習。「ルールの是正」より「関係の修復」が先。
  • デジタル衛生:SNS断食やミュート設定でトリガーを減らす。情報源は専門家や公的機関へ。

毎日できるリカバリーのコツ(無理のない範囲で)

  • “〜だけ食べる”を“+1品足す”に変える(例えば、サラダにゆで卵を足す)
  • 週1回の“予定外ごはん”を入れる(同僚とランチ、家族のメニューに合わせる)
  • 罪悪感を点数化し、少し高い食品に段階的に挑戦する
  • 10分の歩行・ストレッチなど「快」の積み重ねで自己効力感を育てる
  • 寝る前のSNS閲覧をやめ、睡眠を守る

体験談:Aさん(30代・女性)の回復ロードマップ

「健康のため」と始めた無添加生活。いつしか外食は拒否、友人の結婚式の料理にも手をつけられませんでした。初診で“からだに悪い食べ物が怖い”と泣きながら話したAさんに、私は“怖さは本物。でも厳格な食事のルールを守り続けていることで、その食べ物への恐怖感が増大されてしまっているかもしれない”と伝えました。栄養士さんと一緒に「+1品足す」作戦から開始。3週目にはコンビニのサンドイッチに挑戦、罪悪感は10点中8→5へ。家族には“食事の批評をしない合図”を決めてもらいました。2カ月後、職場のランチ会に参加。完璧ではないけれど、笑顔は戻りました。Aさんは最後に「健康って、からだと人間関係の両方が元気なことなんですね」と言いました。

Q&A:よくある質問

Q1. どこまでが“健康意識”で、どこからが“問題”ですか? A. 日常生活が狭まり、体調や人間関係が損なわれ始めたらラインを越えています。「健康のためにしていることが、健康を奪っていないか」を基準に。

Q2. 自力で治せますか? A. 軽症なら回復する人もいます。ただ、独自ルールと不安が絡み合うと一人での修正は難しく、心療内科やカウンセリングの併用が回復を早めます。

Q3. 添加物はそんなに危険ですか? A. 科学的根拠に基づく使用基準があり、日常量での健康リスクは一般に低いとされています。情報は公的機関や専門家の発信を参照してください。

Q4. 痩せていなければ問題ありませんか? A. 体重だけでは判断できません。体重が正常でも低栄養や月経不順、骨密度低下は起こります。

Q5. 家族はどう支えれば? A. 正しさの議論より、安心の提供を。食事の場でのコメントを控え、一緒に受診・相談へ。小さな挑戦を一緒に喜びましょう。

よくある誤解と対応

  • “自然=安全、加工=危険”の誤解:量と頻度、総合的な栄養バランスが重要。
  • “根性で治す”:不安や強迫は意志の弱さではなく治療可能な症状。助けを借りるのは前進です。
  • “SNSの成功談は普遍的”:あなたの体、生活、価値観に合うかは別問題。個別化が鍵。

医師からのメッセージ

健康はゴールではなく、暮らしを豊かにする“手段”です。もし健康のための行動が、あなたの笑顔や人間関係、食の楽しさを奪っているなら、それは見直しの合図。心療内科やカウンセリングは「弱さの証明」ではなく「自分を大切にする技術」を学ぶ場所です。ひとりで抱え込まず、どうぞ早めに相談してください。回復は小さな一歩から始まります。

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