
「生理前になると、人が変わったようにイライラしてしまう」 「わけもなく涙が出て、絶望的な気分になる」 「仕事や人間関係にまで影響が出て、毎月この時期が来るのが怖い」
もしあなたが、このような生理前のコントロールできないほどの心の不調に悩んでいるなら、それは単なる「PMS(月経前症候群)」ではなく、**「PMDD(月経前不快気分障害)」**という治療が必要な病気かもしれません。
多くの女性が生理前の不調を「仕方ないこと」と我慢してしまいますが、特に精神症状が強く、日常生活に深刻な支障をきたしている場合、適切な治療でその苦しみを大幅に和らげることができます。
この記事では、PMDDとは何か、その症状や原因、そして心療内科でできる治療について、専門家の立場から詳しく解説します。
目次
PMDD(月経前不快気分障害)とは?PMSとの違い
PMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder)は、日本語で「月経前不快気分障害」と訳され、うつ病の一種として分類される精神疾患です。
多くの人が知る**PMS(月経前症候群)も生理前に心身の不調が起こりますが、PMDDとの最大の違いは「精神症状の重さ」**にあります。
/ | PMS(月経前症候群) | PMDD(月経前不快気分障害) |
---|---|---|
主な症状 | 身体症状(腹痛、頭痛、むくみ等)と精神症状(イライラ、気分の落ち込み等)が混在 | 精神症状が非常に重く、中心的。絶望感、強い怒り、不安、自己否定感など。 |
日常生活への影響 | 不快感はあるが、なんとか日常生活は送れることが多い | 怒りの爆発やひどい落ち込みにより、仕事や学業、人間関係に深刻な支障をきたす |
診断基準 | 明確な診断基準は確立されていない | 精神疾患の国際的な診断基準(DSM-5)に明確な基準がある |
具体的には、生理が始まる前の1〜2週間に以下の精神症状のうち、少なくとも5つ以上が現れ、生理が始まると数日以内に軽快する、というサイクルを繰り返す場合にPMDDが疑われます。
- 著しい気分の落ち込み、絶望感、自己批判的な考え
- 強い不安感、緊張、高まった感じ
- 突然悲しくなったり、涙もろくなる
- 持続的で激しい怒り、イライラ、対人関係の摩擦
- 普段楽しめていた活動への興味を失う
- 集中力の低下
- 倦怠感、気力の著しい減退
- 食欲の大きな変化(過食など)
- 睡眠障害(過眠または不眠)
- 圧倒されたり、コントロールを失いそうな感覚
もし「自分のことかもしれない」と感じたら、それは決してあなたの性格の問題や気のせいではありません。
なぜPMDDは起こるのか?その原因
PMDDの正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、現在の医学では**「ホルモン変動への過敏性」**が大きく関わっていると考えられています。
生理周期の後半(黄体期)には、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンの量が急激に変動します。PMDDの人は、このホルモンの“波”に対して、脳が過敏に反応してしまう体質を持っていると考えられています。
特に、気分の安定に重要な役割を果たす脳内の神経伝達物質**「セロトニン」**の働きが、このホルモン変動によって低下することが、強い精神症状を引き起こす主な原因とされています。
まずはセルフケアから。でも、無理はしないで
専門的な治療の前に、ご自身で試せるセルフケアもあります。症状の緩和に繋がる可能性があるので、無理のない範囲で取り入れてみましょう。
- 食事療法: 血糖値を安定させるため、白米やパンより玄米や全粒粉パンを選び、食事を小分けにする。セロトニンの原料となるトリプトファン(大豆製品、乳製品、バナナ等)を意識的に摂る。
- 有酸素運動: ウォーキングやジョギング、ヨガなどの有酸素運動は、気分を高揚させ、ストレスを軽減する効果が報告されています。週に3回程度、30分を目安に行いましょう。
- 睡眠の確保: 質の良い睡眠は、心と体の回復に不可欠です。毎日同じ時間に寝て起きるなど、生活リズムを整えましょう。
- ストレス管理: 深呼吸、瞑想、アロマテラピーなど、自分がリラックスできる方法を見つけ、意識的に時間を作ることが大切です。
ただし、これらのセルフケアで改善が見られない場合、症状が重くつらい場合は、決して一人で我慢しないでください。
心療内科での専門的な治療法
1. 薬物療法
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬): PMDD治療の第一選択薬です。脳内のセロトニン濃度を安定させることで、気分の落ち込みやイライラ、不安感を根本から改善します。抗うつ薬の一種ですが、PMDDの場合は症状のある黄体期だけ服用する方法もあり、依存性もありません。効果を実感される方が非常に多い、安全で有効な治療法です。
- 低用量ピル(OC/LEP): 排卵を抑制し、ホルモン変動を穏やかにすることで症状を緩和します。特に身体症状も強い場合に有効ですが、精神症状が主体の場合はSSRIがより効果的なことが多いです。こちらは主に婦人科で処方されます。
- 漢方薬: 「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」や「加味逍遙散(かみしょうようさん)」など、体質や症状に合わせて処方し、心と体のバランスを整えます。
2. 精神療法(カウンセリング)
薬物療法と並行して、**認知行動療法(CBT)**などのカウンセリングを行うことも非常に有効です。カウンセリングでは、気分の波にどう対処するか、ネガティブな思考パターンをどう修正していくかなど、具体的なスキルを専門家と一緒に学びます。自分の状態を客観的に理解し、コントロールする術を身につけることは、長期的な改善に繋がります。
勇気を出して、専門家へ相談を
PMDDのつらさは、経験した人でなければなかなか理解されにくいものです。しかし、あなたは一人ではありません。 「毎月繰り返すこの不調さえなければ…」と思うなら、ぜひ一度、心療内科や精神科のドアを叩いてみてください。 受診の際は、いつからどのような症状で困っているか、簡単な症状日記(アプリなども便利です)をつけて持参すると、よりスムーズに診断・治療が進みます。
医師からのメッセージ
「生理前のつらさは、ひとりで抱え込む必要はありません。PMDDは治療できる病気です。心や身体に違和感を感じたり、日常生活に支障が出ていると感じたら、ぜひ専門医へご相談ください。あなたが笑顔でいられる日々を、一緒に取り戻しましょう。」
参考文献・引用
- Steiner M, et al. “Premenstrual Dysphoric Disorder: Epidemiology and Treatment.” PubMed. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32742647/“PMDD is a clinically significant, hormone-triggered disorder and can be treated effectively with SSRIs and CBT.”(PMDDは臨床的に意義のあるホルモン由来の障害であり、SSRIやCBTで効果的に治療できる。)
- Yonkers KA, et al. “Management of premenstrual syndrome and premenstrual dysphoric disorder.” PubMed. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26035752/“Current evidence supports the use of SSRIs as first-line pharmacologic treatment of severe PMDD.”(現在のエビデンスは、重度PMDDの第一選択治療としてSSRI使用を支持している。)