
目次
はじめに
朝になると体が鉛のように重い。立つとクラっとする。授業中は動悸や息切れ、頭痛、めまい…。そんな訴えをもつ中高生が少なくありません。診察室でお会いすると、多くの子が「自分は怠けているのでは」と自分を責め、親御さんも「どう接したらいいのか」と悩んでいらっしゃいます。結論から言うと、起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation: OD)や体位性頻脈症候群(Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome: POTS)は“自律神経の不調”が関わる医学的なコンディションです。適切に評価し、生活と治療を調整すれば、前に進めます。
起立性調節障害(OD)・POTSとは
- 共通する核: 立位や起床時など体位変化で、脳や全身への血流がうまく調節できず、めまい、動悸、頭痛、倦怠感、吐き気、集中力低下、失神などが起こる「起立不耐性(Orthostatic Intolerance)」の一群。
- POTSの目安: 10分以内の起立で心拍数が思春期では40拍/分以上増加し、失神を伴わないのに立位がつらい状態[1][2]。
- ODに含まれるタイプ: 起立性低血圧(OH)、血管迷走神経性失神(NMS)、POTSなど日本の学童・思春期でよく見られる自律神経失調の総称。
症状チェック(当院でよく見るサイン)
- 朝起きられない、午前中に強い倦怠感
- 立ちくらみ、ふらつき、視界が白くなる
- 動悸、息切れ、胸の圧迫感
- 頭痛、腹痛、吐き気、下痢や便秘(過敏性腸症候群の併発)
- 集中力低下、成績の波、不登校ぎみ
- 天気や気温、月経周期で悪化
- 午後~夕方になると少し楽になる
どうして起きるの?(原因とメカニズム)
- 成長スパート・思春期: 身長が伸び、血管・心臓・自律神経の調整が追いつかない時期に起こりやすい[1,3]。
- 自律神経のアンバランス: 立位で下半身に血液がたまり、十分に心臓へ戻りにくい。反射的に心拍数が上がる(POTS)/血圧が下がる(OH)/迷走神経反射で失神(NMS)[2]。
- 生活要因: 睡眠不足・昼夜逆転、脱水、朝食欠食、運動不足、ストレスや環境変化(進学、部活、人間関係)。
- 併存しやすい状態: 片頭痛、不安・気分の落ち込み、鉄欠乏、甲状腺機能異常など(鑑別が大切)。
診断の進め方(初診で大切にすること)
- 問診: 症状の時間帯、誘因(入浴・長時間起立・人混み)、月経との関係、睡眠・食事・水分量、学校生活、ストレス因子。
- 身体所見と検査:
- 起立試験(シェロングテスト/10分間standing/ヘッドアップティルト): 心拍・血圧の推移を確認。思春期POTSの指標は起立後の心拍数増加≥40/分[1]。
- 採血(貧血・鉄欠乏、甲状腺)、心電図、場合により心エコー。
- 鑑別: 起立性低血圧、血管迷走神経性失神、POTS、心疾患、起立時過換気などを見分けます[2]。
治療と対処法(今日からできること+医療の支援)
- 生活リズムの立て直し
- 睡眠: 同じ時間に就寝・起床。朝日を浴び、体内時計をリセット。
- 朝食と水分・塩分: 起床後すぐに水300–500mL、朝食で適切な塩分(医師の指示範囲)とタンパク質。夏や運動日は経口補水も。
- 姿勢: 立位保持はこまめに座る/足を組む/下肢筋を締める“対抗動作”。
- 圧迫: 弾性ストッキングは下肢血液のうっ滞を減らします[1,4]。
- 運動療法(段階的)
- 最初は臥位・座位でのインターバル運動やレッグレイズ、エアロバイクから。週3–5回。徐々に有酸素+レジスタンスへ。研究では適切な運動トレーニングが起立耐性の改善に有効です[4]。
- 薬物療法(医師管理)
- 例: ミドドリン(昇圧)、フルドロコルチゾン(血漿量拡大)、ベータ遮断薬(頻脈抑制)などを症状とタイプに合わせて検討[1,3]。併発する頭痛・不安・睡眠障害の治療を並行することもあります。
- 心理的支援・カウンセリング(心療内科の強み)
- 痛みやだるさの対処スキル、ペース配分、認知行動療法(症状に振り回されないコーピング)、不登校支援、家族面談。症状は“気の持ちよう”ではありませんが、症状との付き合い方は練習できます。
- 学校との連携(一次情報:当院での実践)
- 出席配慮(午前遅刻の許可、保健室登校、試験時間調整)、体育の段階的復帰、エレベーター使用、こまめな水分補給の許可。医師の意見書で具体策を提案します。
体験談(匿名・要約)
中3のAさんは、春から朝起きられず遅刻が続き、家族もイライラ。初診で起立試験はPOTSの所見。水分・塩分の調整、朝食の見直し、弾性ストッキング、エアロバイク10分から開始。保健室登校+午後の授業から復帰し、カウンセリングで「できたことメモ」を習慣化。1か月で午前2コマへ、3か月で体育の見学から軽い参加に。波はあるけれど、「自分で整えられることが増えた」と笑顔が戻りました。
Q&A
Q1: 何科を受診すべき? A: 小児科・循環器内科・心療内科(児童思春期)に相談を。学校生活や心理面の支援も含めるなら心療内科がハブになれます。
Q2: 受診前にできるセルフケアは? A: 起床後コップ2杯の水、朝食で塩分・タンパク質、昼夜逆転の是正、こまめに座る/足を動かす、入浴は短め・ぬるめ、記録(睡眠・症状・水分量)。
Q3: 薬は必ず必要? A: いいえ。生活・運動で十分改善する方も多いです。必要時に最小限を短期~中期で。
Q4: 不登校との関係は? A: 症状が午前に強いことが「行けない」理由になりがちです。怠けと決めつけず、医療と学校で環境調整を。
Q5: いつ受診すべき? A: 1~2週間以上、朝の強い立ちくらみ・動悸・失神、学業や生活に支障があれば早めに。失神や胸痛が強い場合は救急を含め即受診。
心療内科へのご案内
- 症状の見立て(起立試験・鑑別)
- 生活・運動・栄養の具体プラン作成
- 学校・家庭との連携支援(意見書)
- カウンセリング(認知行動療法・ペース配分・家族支援)
- 必要に応じた薬物療法 一人で抱え込まず、まずは相談してください。初診時は記録(睡眠、症状、飲水量、学校欠席状況)をお持ちいただくとスムーズです。
医師からのメッセージ
「朝つらい」は、あなたのせいではありません。体と自律神経が回復するには時間がかかりますが、正しいステップを踏めば必ず楽になります。全部を一度に変えなくて大丈夫。今日できる“ひと口分の変化”から、一緒に積み重ねましょう。
引用文献(PubMed)
[1] Raj SR. Postural tachycardia syndrome (POTS). Circulation. 2013;127(23):2336-2342. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23753844/ [2] Freeman R, Wieling W, Axelrod FB, et al. Consensus statement on the definition of orthostatic hypotension, neurally mediated syncope and the postural tachycardia syndrome. Clinical Autonomic Research. 2011;21(2):69-72. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21431947/ [3] Bryarly M, Phillips LT, Paranjape SY, Okamoto LE, Raj SR. Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome: JACC Focus Seminar. J Am Coll Cardiol. 2019;73(10):1207-1228. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30846309/ [4] Fu Q, Levine BD. Exercise in the postural orthostatic tachycardia syndrome. Autonomic Neuroscience. 2015;188:86-89. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25555291/