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はじめに
電話の着信音が怖いあなたへ 診療室で「着信音が鳴ると心臓が跳ねる」「留守電すら聴けない」というご相談をよく伺います。メールやチャットが主流の時代、音声での“即応”を求められる電話は、コミュニケーション疲れや社会不安を抱えた方に大きな負荷となりがちです。これは甘えでも性格の弱さでもありません。脳と心の仕組みがそう反応しているだけ。トレーニングと支援で必ず楽になります。
電話恐怖症(テレフォビア)とは ・どんな状態?
電話を見る・鳴る・出る・折り返すことに強い不安や回避が起こる状態。着信前からの予期不安、出た後の反芻(あの言い方で良かったのか…)も特徴です。社交不安(社会不安障害)の一部として現れることもあります。
・よくある身体反応:動悸、手の震え、発汗、喉がつまる、声が出にくい、胃の違和感、めまいなど。
自律神経が“危険”と誤認しているサインです。
なぜ電話が怖くなるのか(原因と背景)
・即時性と不確実性:相手の顔が見えない、内容が読めない、考える時間がない。ヒューマンエラーを恐れ、責められる想像が膨らみます。
・過去のつらい経験:叱責、クレーム対応、詰問調の電話などが記憶に結びつき、回避行動を強化します。
・認知のクセ:「完璧に答えなければ」「出ないと嫌われる」といった完璧主義や極端な一般化。
・環境要因:コールセンターや対人業務、在宅勤務で境界が曖昧な連絡体制、夜間着信など。
・併存の影響:不安症、パニック症状、うつ状態、発達特性(聴覚過敏、同時処理の苦手さ、コミュニケーションの不得手さ)など。
セルフチェック(簡易) 以下に当てはまるものが多い場合、専門家に相談を。
- 着信を見るだけで動悸がする
- 折り返しを先延ばしにして日常生活・仕事に支障がある
- 電話のことを考えると眠れない、食欲が落ちる
- クライアントや上司の電話を恐れてチャットに逃げてしまう
- 出た後に長時間反芻して自己嫌悪が続く
仕事・日常でできる対策(当面の苦痛を減らす)
- ルールを“見える化” :着信可能な時間帯、折り返しの目安(例:2時間以内にテキストで一次返信→必要なら翌営業日に通話)をチーム合意に。職場のメンタルヘルス・EAPや産業医に相談も有効。
- スクリプト化と事前準備 :「名乗り→要件確認→折り返し提案→終了」の定型フローとメモ欄を紙で用意。定型句を用意しておくと焦りが減ります。
- 鳴り方を整える:通知の整理、着信音を穏やかな音に。ワイヤレスイヤホンやスピーカーフォンで“声が近すぎる感じ”を軽減。
- 折り返しの橋渡し:まずチャットやメールで「簡単に文面で要点確認できますか?」と合意形成。コミュニケーションコストを分散。
- マイクロ・エクスポージャー(小さな段階的練習):非通知→家族→同僚→外部、と難易度を少しずつ上げ、成功体験を蓄積。
- 生理反応の調整:呼気を長めにする呼吸法(4秒吸って6–8秒吐く)、グラウンディング、姿勢リセット。マインドフルネスで「不安は波、やがて引く」を体感。
専門的アプローチ(心療内科・カウンセリング)
- 認知行動療法(CBT):「出られない=失敗」などの自動思考を見立て直し、行動実験と暴露療法を段階的に。反芻への対処、アサーション(言いにくいことを穏やかに伝える技術)も併用。
- マインドフルネス認知療法:身体感覚に注意を戻す練習で予期不安のループをゆるめます。
- 薬物療法(必要に応じて):不安が強く日常生活に支障が大きい場合、SSRIなどの抗不安・抗うつ薬、状況限定でβ遮断薬を検討することがあります。種類や使用は医師と相談を。
- 併存課題への対応:うつ状態、睡眠障害、発達特性(聴覚過敏・ワーキングメモリ特性)などを総合的に評価し支援。
- 仕事の合意形成:上司・人事・産業医と、電話の本数調整、一次受付の導入、文書コミュニケーション比率の最適化など環境調整を提案。
受診の目安
心療内科・精神科、または臨床心理士とのカウンセリングにつながってください。
- 電話が理由で締切・商談・人間関係に繰り返し支障が出ている
- 不眠・食欲低下・抑うつ、出勤困難
- 自力の工夫を数週間続けても改善しない
小さな体験談(匿名・一部編集)
- 20代 企画職 :「鳴った瞬間、心臓が跳ねて手が汗びっしょり。CBTで“まずチャットで要点確認→折り返し時間を約束→5分だけ通話”を練習。3週間で“出られる電話”が増えました。『完璧じゃなくていい』を体で覚えた感じです」
- 30代 コールセンター経験者 :「クレームがトラウマ。暴露療法で“鳴動音の録音を短時間聞く→成功イメージング→実通話”の順。β遮断薬をイベント時のみ使用し、震えが減りました。いまは『出るかどうか自分で選べる感覚』が戻っています」
よくある質問(FAQ)
Q1. 電話恐怖症は病気ですか? A. 多くは社交不安(社会不安症)の一症状として理解できます。診断名より“困りごとに機能的に対処する”ことが大切です。
Q2. うつや発達特性と関係しますか? A. 併存は少なくありません。聴覚過敏、同時処理の負荷、完璧主義などが影響することがあります。評価と環境調整で楽になります。
Q3. 仕事で今すぐできる工夫は? A. 通話時間の予約制、要点の事前テキスト化、スクリプト、一次受付の活用、着信音の変更、マイクロ・エクスポージャーなど。
Q4. 薬で治りますか? A. 薬は“土台の不安を下げる道具”。行動療法や環境調整と合わせると効果的です。種類・副作用・適応は医師と相談を。
Q5. 家族や上司はどう支える? A. 「気合で出ろ」は逆効果。時間の猶予、要件の見える化、チャネル選択の尊重、成功のフィードバックが有効です。
Q6. 受診先の選び方は? A. 心療内科・精神科で認知行動療法が可能、就労支援や産業医連携に慣れた施設を。オンライン面談の有無も確認を。
医師からのメッセージ
電話に出られない日は、あなたが弱い日ではありません。脳と心が“守ろう”としている日です。怖さは、理解され、言葉になり、小さな成功に支えられるほど小さくなります。一人で抱え込まず、まずは相談という“最初の一歩”を。受話器の向こう側に、支える人たちがいます。