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はじめに—診療内科医として感じる変化
外来で10年近く診療を続けていると、20〜30代の患者さんから「朝は動けないのに、趣味だと動ける」「職場だけがつらい」「SNSを見るとどっと疲れる」といった声をよく聞くことがあります。俗に「新型うつ」と呼ばれる状態です。学術的な正式病名ではありませんが、その背景には「適応障害」「大うつ病性障害」「気分変調症」「双極スペクトラム」「発達特性」「HSP(感受性の高さ)」など、いくつかの可能性が隠れています。
大切なのは「甘え」では決してないということ。脳と自律神経、ストレス環境、価値観のミスマッチが重なって、エネルギーが底をつく。これは医療の支援対象です。心療内科は、その複雑さを整理し、回復の道筋を一緒に作る場です。
「新型うつ」とは?—用語の注意点と実像
- 俗称であり、医学的な診断名ではありません。
- 典型として言われる特徴
- 職場・学校など「責任場面」で強くしんどくなる
- 趣味や仲の良い人との予定はこなせることがある
- 自分を責めつつ、同時に環境要因への怒り・無力感も強い
- 朝起きられない、睡眠リズムが崩れやすい、SNS疲れ
- 実際の診断としては以下を丁寧に鑑別します
診断名は「レッテル」ではなく、回復のための「地図」。適切な地図があれば、戻り道が見えます。
なぜZ世代・ミレニアル世代に増えて見えるのか
- リモートワーク・非同期コミュニケーションの増加(プレゼンティーズム/孤立)
- SNS疲れ(比較・炎上不安・常時接続)
- 将来不安と働き方の多様化(成果主義・評価の不透明さ)
- 生活リズムの乱れ(睡眠衛生の破綻、日光不足)
- 価値観の違い(「生産性」偏重と自己効力感の低下)
これらは個人の弱さではなく、環境要因と神経生理の相互作用です。交感神経の過活動、セロトニン/ノルアドレナリン系の疲弊、迷走神経(Vagal tone)の低下が背景にあります。
症状セルフチェック(自己診断は不可)
- 平日朝は起きられないが、休日は多少動ける
- 仕事・学校・義務の場面で強い無力感や怒りが出る
- 食欲/睡眠の乱れ(過眠・早朝覚醒・中途覚醒)
- 集中力低下、ミスの増加、遅刻の増加
- SNSを見た後に著しい疲れ、自己否定
- 体調不良(動悸・胃痛・頭痛・めまい)とメンタルの揺れが連動
- 死にたい・消えたい考えがよぎることがある
2週間以上続く場合、自己判断せず、心療内科/精神科へご相談ください。緊急性が高い場合(希死念慮、計画の具体性、自傷)は、迷わず救急/地域の相談窓口へ。
心療内科での対応策—評価から治療計画まで
- 初期評価
- 臨床面接、生活歴、ストレス要因の同定、鑑別診断
- 必要に応じて血液検査(甲状腺・貧血など)、心理検査
- 治療(個別化)
- 心理療法
- 認知行動療法(CBT)/行動活性化(BA)
- ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)
- マインドフルネス、アンガーマネジメント、睡眠衛生指導
- 薬物療法(必要時)
- SSRI/SNRI/NaSSAなどを少量から慎重に導入
- 副作用モニタリングと中止計画の共有
- 休職・就学支援
- 産業医・人事・EAPと連携、合理的配慮の調整
- 段階的復職プログラム(通勤訓練/就労リズム再構築)
- 家族支援・ピアサポートの活用
- 安全計画(危機時の対応リスト/連絡先)
- 心理療法
オンライン診療やカウンセリングの併用も状況に応じて行います。
仕事・学校との付き合い方の実践
- 苦手業務の分解と優先順位づけ(2分割ルール)
- 「できるペース」を明文化(上司へは症状ではなく機能で伝える)
- 会議は録画/議事録で非同期化、SNS通知は間欠化(デジタル・デトックス)
- 学校では保健室登校/別室受験などの合理的配慮を相談
今日からできるセルフケア
- 睡眠衛生: 起床時刻固定、朝の日光10〜15分、カフェインは昼過ぎまで
- 体内リズム: 軽運動(有酸素・レジスタンス各10分)、夕方に散歩
- 栄養: たんぱく質/鉄/ビタミンB群/オメガ3の補給
- メンタル: 3分呼吸法、5-4-3-2-1グラウンディング、感情ラベリング
- 人間関係: 安全な人1人との短い会話、ピアサポート
- 情報衛生: SNSは時間制限、ミュート活用、寝室にスマホを持ち込まない
体験談
- 27歳・男性・リモートワークエンジニア
- 主訴: 朝起きられず遅刻、締切前に動悸、休日はゲームはできる
- 評価: 適応障害+不安症状。睡眠相後退とSNS依存傾向
- 介入: 行動活性化、睡眠リズム是正、会議の非同期化を会社と調整。SSRIを少量導入し副作用管理
- 結果: 6週で遅刻ゼロに。復職3カ月後に薬減量。再発予防プランを家族と共有
- 本人コメント: 「“甘え”じゃなく仕組みの問題だとわかって、肩の力が抜けました」
よくある質問(Q&A)
- Q: 「新型うつ」は病気ですか?
A: 俗称です。実際は「うつ病」「適応障害」「気分変調症」「双極スペクトラム」などの可能性を丁寧に鑑別します。 - Q: 趣味はできるのに仕事が無理。甘えでは?
A: いいえ。責任場面でだけ自律神経が過剰に反応する方は珍しくありません。脳のストレス反応と環境要因の相互作用です。 - Q: 薬は一生飲みますか?
A: 多くは必要とされる期間のみ。副作用も含め、導入や継続・減薬のタイミングを共有します。 - Q: 受診のベストタイミングは?
A: 2週間以上の抑うつ・不眠・機能低下が続く、あるいは自傷念慮があるときは早めに。 - Q: オンラインでも相談できますか?
A: 医療機関によりますが、初回は対面を推奨。以降は状況により併用可能です。 - Q: 親や上司への説明は?
A: 症状ではなく「できる・できない機能」で伝えると調整が進みやすいです(例:「朝10時開始なら参加可」)。
受診の流れ
- 予約 → 2) 初診(評価+方針共有) → 3) 2〜4週間に1回フォロー
並行して、カウンセリング(CBT/ACT/睡眠指導)を実施。必要時は産業医・学校と連携。
再発予防ミニプラン
- 警報サイン: 朝の離床遅延30分以上/ミス増/SNS滞在2h超
- やること: 就寝・起床固定/朝散歩10分/ToDoは3個まで/相談先に連絡
- 相談先: 家族/友人/主治医/産業医/EAP
- 緊急時: 危機窓口・救急受診
心療内科への受診・カウンセリングを迷っている方へ
「うまくやれない私が悪い」と一人で抱え込まないでください。状態は変えられます。専門職は“あなたの努力不足”を見るのではなく、“仕組みを一緒につくり直す”ためにいます。まずは相談から始めましょう。
医師からのメッセージ
回復は直線ではありません。良い日と悪い日が混ざる“波”が普通です。波のたびに「できていない」を数えるのではなく、「戻る方法を知っている自分」を思い出しましょう。私たちは、その“戻り方”を一緒に作る伴走者です。

