更年期と心の不調|女性のための心療内科活用法

はじめに:その「つらさ」は性格でも甘えでもありません

更年期は、ホットフラッシュや寝汗だけでなく、心にも波が立ちやすい時期です。理由が分からない不安、涙もろさ、集中できない感じ、朝方の憂うつ、些細なことで怒ってしまう自分…。診察室で「こんな自分は変だ」と肩を落とされる方に、私は必ずお伝えします。「変ではありません。身体の変化が心に影響しているだけ。整え方はあります」。ここから、一緒に具体的な道筋を描いていきましょう。

更年期に心が不安定になる理由

  • ホルモンのゆらぎ:周閉経期にはエストロゲンが上下に大きく変動し、脳内のセロトニンやノルアドレナリンの働きに影響します。うつ症状や不安、睡眠の不調が出やすくなることが研究で示されています[1,2]。
  • 身体症状の二次的影響:ホットフラッシュや発汗、動悸、痛み、睡眠障害は、日中の疲労や気分の落ち込みを強めやすいことが分かっています[5]。
  • 人生の節目の負荷:仕事の役割変化、親の介護、子の独立、パートナー関係の再調整など、心理社会的ストレスが重なりやすい時期でもあります。心療内科は「からだ×こころ×生活」を一体として扱います。

似た症状との見分け方(鑑別のヒント)

  • 甲状腺機能異常(動悸・不安・疲労・体重変化)
  • 貧血・ビタミンD欠乏(だるさ・集中困難)
  • 睡眠時無呼吸・むずむず脚症候群
  • 大うつ病性障害、パニック障害適応障害

受診の目安と、心療内科でできること こんなときは受診を推奨します

  • 2週間以上つづく強い不安・抑うつ・意欲低下
  • 睡眠障害で日常生活や仕事に支障が出ている
  • 動悸や息苦しさをくり返す(パニック疑い)
  • 「朝が特につらい」「出社・家事がこなせない」
  • 自分を責める思考が止まらない、涙が増えた

心療内科での流れ(初診のイメージ)

  • ヒアリング:症状、生活リズム、ストレス背景、月経・周閉経の状況
  • 評価:PHQ-9、GAD-7、MRS、必要に応じて血液検査や他科連携
  • 方針共有:心理療法(認知行動療法:CBT、マインドフルネス)、睡眠・生活指導、薬物療法、産婦人科(HRT等)との併走

治療の選択肢:カウンセリングから薬、HRT連携まで

  1. カウンセリング・心理療法
  • 認知行動療法(CBT):ホットフラッシュや不眠への対処、ストレス思考の再構成、行動活性化は更年期症状の軽減に有効です。乳がん既往を含む更年期女性で、CBTがホットフラッシュ関連困難や気分を改善した試験があります[6]。
  • 睡眠のCBT-I:寝つき・中途覚醒に有効。睡眠時間帯の固定、刺激制御、睡眠衛生の見直し。
  • マインドフルネス、呼吸法:自律神経の過覚醒を下げ、動悸や焦燥の波をやり過ごす助けになります。
  1. 薬物療法(必要に応じて)
  • 抑うつ・不安が強い場合:SSRI/SNRIは第一選択の一つ。パロキセチンはホットフラッシュの頻度を低下させることも示されています[4,10]。開始時は少量から、副作用(吐き気、眠気、性機能低下など)を確認しながら調整します。
  • 睡眠障害:短期的に睡眠薬を併用することがあります。依存性の低い薬や漢方(加味逍遙散、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸など)を検討することも。漢方は体質により合う・合わないがあるため、医師と相談してください。
  • 産婦人科と連携する治療:ホルモン補充療法(HRT)は、血栓症など禁忌がない場合に更年期症状の第一選択になりえます。気分症状にも間接的に良い影響を与えることがあります。適応やリスクは産婦人科で評価し、心療内科と並走する形が安全です[3]。乳がん既往などでは非ホルモン療法を優先します[10]。
  1. 生活支援と環境調整
  • 睡眠:起床時刻の固定、就寝前90分の入浴、就床前のスマホ回避、カフェインは午後は控える。
  • 運動:週合計150分の中等度有酸素運動+週2回のレジスタンス。ホットフラッシュ時は呼吸を整え、衣服は重ね着で調整。
  • 栄養:地中海食パターン、たんぱく質、オメガ3、ビタミンD、カルシウム。大豆イソフラボンは一部で有用例がありますが、持病や薬との相互作用は主治医に確認を。
  • 仕事と家庭:上司・産業医と「朝の出勤時間の柔軟化」「温度調整」「会議の休憩」など現実的な配慮を相談。家族には症状の仕組みをシェアし、家事の再配分を。

体験談:2つのケース

  • ケースA(48歳・企画職) 「午前中は憂うつで考えがまとまらず、会議で言葉が出ない」。評価ではPHQ-9中等度、睡眠効率低下、ホットフラッシュあり。CBTでタスク分解と行動活性化を実施、朝の光曝露と通勤前の呼吸法を導入。SSRIを少量から開始し、産婦人科でHRT適応なし確認。4週で睡眠が安定、8週で気分の底が上がり、業務の優先順位付けが楽に。「自分の努力が効く感覚」が戻ったことが一番の回復実感。
  • ケースB(52歳・パート勤務) 「突然の動悸と汗で電車に乗れない」。パニック様発作が週3回。GAD-7高値、甲状腺は正常。曝露と呼吸トレーニングを中心にCBT、必要時の頓服を設定。衣服調整と冷却グッズで予期不安を軽減。6週で発作は月1回に減少。「逃げない練習」の成功体験が自己効力感を高めた。

よくある質問(FAQ)

Q1. 更年期の不安や抑うつは自然に治りますか? A. 波を描くように軽快・増悪します。放置で慢性化することもあるため、早めの評価とケアが回復を早めます[1,2]。

Q2. 抗うつ薬はどのくらいで効きますか? A. 多くは2〜4週間で「底」が上がり、6〜8週間で効果判定。副作用は最初に出やすく、通常は数日〜2週間で慣れます。必ず医師の指示で調整を。

Q3. HRTと心療内科の薬は併用できますか? A. 併用可能なことが多いですが、血栓リスクや相互作用を確認し、産婦人科と情報共有して進めます[3]。

Q4. ホットフラッシュに効く非ホルモン治療は? A. 一部のSSRI/SNRI(例:パロキセチン)は有効性が示されています。CBTも日常生活の困難を軽減します[4,6,10]。

Q5. 受診はどの科がよい? A. 心の症状が中心なら心療内科・精神科、月経や出血・婦人科的症状が強いなら産婦人科。多くは連携が最適です。

まず一歩:受診チェックリスト

  • 最近3カ月の症状メモ(いつ、どこで、どの程度)
  • 月経状況(不順・閉経時期)
  • 睡眠記録(入眠・中途覚醒・起床時刻)
  • 服薬・サプリ・既往歴(既往歴とは、過去にかかった病気などの記録のことです。既往症とも呼ばれます。)
  • 仕事や家庭の負荷の変化
  • 目標(「朝の不安を半減」「会議に参加」など具体的に)

医師からのメッセージ

「がんばりが足りないからつらい」のではありません。ホルモン、生活、環境の変化が重なり、脳とからだが揺れているだけ。適切な評価と小さな工夫、必要な治療を重ねれば、必ず波は穏やかになります。一緒に、あなたの回復曲線を描きましょう。受診は「弱さの証明」ではなく、「回復のスタート」です。

引用文献(PubMed) 

[1] Freeman EW, Sammel MD, Lin H, Nelson DB. Associations of the menopausal transition with depressive symptoms. Arch Gen Psychiatry. 2006. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16585467/ [2] Maki PM, Kornstein SG, Joffe H, et al. Guidelines for the evaluation and treatment of perimenopausal depression: North American Menopause Society (NAMS) Position Statement. Menopause. 2018. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29914004/ [3] The 2022 hormone therapy position statement of The North American Menopause Society. Menopause. 2022. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35797481/ [4] Stearns V, et al. Paroxetine controlled release in the treatment of menopausal hot flashes: a randomized controlled trial. JAMA. 2003. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12759324/ [5] Kravitz HM, et al. Sleep difficulty in women during the menopausal transition: SWAN. Sleep. 2003. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12595942/ [6] van der Lee ML, et al. Cognitive behavioral therapy for menopausal symptoms in breast cancer patients: randomized controlled trial. Lancet Oncol. 2012. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22119073/ [7] Kroenke K, Spitzer RL, Williams JB. The PHQ-9: validity of a brief depression severity measure. J Gen Intern Med. 2001. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11282854/ [8] Spitzer RL, et al. A brief measure for assessing generalized anxiety disorder (GAD-7). Arch Intern Med. 2006. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16717171/ [9] Heinemann LA, et al. The Menopause Rating Scale (MRS). Health Qual Life Outcomes. 2004. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14997974/ [10] Nonhormonal management of menopause-associated vasomotor symptoms: 2023 NAMS position statement. Menopause. 2023. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37252752/

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