会社に行くと体調が悪くなる…それは適応障害のサインかも

はじめに

朝、駅に立つと胃がキュっと縮む。電車に乗ると冷や汗、会社の最寄りで強い吐き気。けれど土日は嘘みたいに元気——外来で何度も耳にする訴えです。「自分が弱いせい」と責めてしまう方もいらっしゃいますが、必ずしもそうではなく、むしろ頑張りすぎてしまった結果とも言えます。心と体は一つ。過度なストレスが続くと、自律神経が緊張し、胃腸症状や頭痛、動悸、倦怠感として表れます。これが“適応障害”の典型的な姿の一つです。

適応障害とは

  • はっきりしたストレス(例:上司との確執、配置転換、ハラスメント、過重労働、昇進/異動、人間関係のトラブルなど)に対する反応として、3か月以内に気分や身体の不調が出現し、生活や仕事に支障が出る状態をいいます。
  • ストレス源から離れると症状が軽くなるのが特徴。うつ病や不安症より持続性は短いことが多いですが、放置すると慢性化したり、うつ病・不安症に移行することもあります。

会社に行くと悪化、休みで軽快——なぜ?

  • 脳は「場所・人・時間」とストレス記憶を結びつけます。出社の準備や通勤、社屋のにおい・音までが“警報スイッチ”になり、自律神経が過剰に反応。胃腸(過敏性腸症候群様の腹痛・下痢)、頭痛、肩こり、めまい、動悸、過呼吸、不眠として出ます。
  • 週末や在宅勤務で軽くなるのは、この条件づけが外れるから。だからこそ“根性”では解決しません。アプローチは「環境調整+心のクセのリセット+身体の過緊張を整える」こと。

よくある誤解

  • 「弱いから」ではなく、「強い負荷」に「健康な防衛反応」が進みすぎた状態です。
  • 「サボり」ではありません。職場ストレスは心身症、循環器疾患リスクまで高めることが知られています。

受診の目安(次のような時は心療内科/精神科へ)

  • 出社前に強い吐き気・腹痛・動悸・めまいが続く
  • 不眠、朝方の絶望感、涙もろさ、ミス増加、遅刻/欠勤の増加
  • 休日は回復するが、日曜夕方から悪化(いわゆるサザエさん症候群)
  • 「消えてしまいたい」などの強い落ち込みや希死念慮
  • 体の病気が隠れていないかも含め、まずは相談を

治療の柱

  1. カウンセリング・心理療法(第一選択)
  • 認知行動療法(CBT):ストレス源の捉え方・行動パターンを見直し、段階的に「通勤」「職場フロア」「会議」など引き金への曝露を安全に練習します。
  • 問題解決療法(PST):上司との伝え方、業務の切り分け、優先順位、休憩の入れ方を一緒に具体化。
  • ストレスマネジメント:ブリージング、筋弛緩法、睡眠衛生、マインドフルネスなど。短期でも効果が出ます。
  1. 環境調整・働き方の工夫
  • 産業医や人事と連携し、業務量の調整、ハラスメント是正、在宅勤務や時差出勤、座席変更など現実的な対策を。
  • 休職が必要な場合は“早めに短く適切に”。回復したらリワーク(復職支援)で段階的に戻ると再発予防につながります。
  1. 薬物療法(補助的に)
  • 不眠が強い場合は依存性や耐性が生じにくい睡眠薬、強い不安にはSSRI/SNRIなどを検討。ただし薬は“土台づくりの助け”であり、環境調整と心理療法が中心です。長期のベンゾジアゼピン常用は避けます。
  1. セルフケアの基本
  • 睡眠:起床時刻を固定、就床前90分のスマホ断ち、朝の光。
  • 体:朝食のたんぱく質と水分、どこでもできる1分ストレッチ。
  • 心:1日3分の呼吸法、業務の「やめる・減らす・任せる」リスト化。
  • 生活:通勤の段階的練習(駅1つ手前で降りる→駅構内で5分滞在→短時間出社など)、カフェイン/アルコールは控えめに。

当院でよくあるパターン(体験談・匿名要約)

34歳・営業職Aさん:朝の電車で強い腹痛と下痢。上司の配置換えでノルマが倍増。週1回のCBTと産業医面談で業務量を調整、まずは在宅+午後出社に。通勤訓練を段階的に練習し、6週で出社日を増やせました。薬は睡眠薬を2週間のみ。3か月後には通常勤務へ。Aさんは「弱さではなく、働き方の再設計が必要だった」と話してくれました。

よくある質問(FAQ)

Q1. 適応障害とうつ病の違いは? A. はっきりしたストレスへの反応で比較的短期に生じ、ストレス源から離れると軽快しやすいのが適応障害。何をしても楽しめない、食欲・睡眠の大幅な変化が続く、希死念慮が強いなどはうつ病を疑います。自己判断せず受診を。

Q2. どれくらいで良くなりますか? A. 軽症なら数週間、平均では2~3か月での改善が多い印象です。環境調整と心理療法が早いほど回復も早い傾向。

Q3. 休職は甘え? A. いいえ。適切な休養は回復のための治療です。短期集中で“整えて”から復職する方が結果的に早道です。

Q4. 職場には何と伝えたら? A. 「体調不良で通院中。医師の指示で業務調整/休養が必要」と事実ベースで。診断書の提出や産業医面談を活用しましょう。

Q5. 薬は必ず必要? A. 必須ではありません。症状に応じて短期的に併用することがあります。副作用や不安は診察で遠慮なく相談を。

Q6. ハラスメントが原因のときは? A. まず安全確保。可能なら記録(日時・発言)を残し、産業医・人事・社外相談窓口に。医療側は健康保護の観点から連携します。

Q7. 運動や食事は効きますか? A. 軽い有酸素運動や睡眠衛生の改善は不安・抑うつの軽減に有益。朝の散歩と規則正しい食事が最初の一歩。

Q8. 受診時に持っていくものは? A. 健康保険証・お薬手帳・勤務状況のメモ(困る時間帯・症状日誌)・必要なら会社所定の書類。

受診のすすめ 一人で抱え込むより、心療内科やカウンセリングで“作戦会議”をしましょう。はじめてでも大丈夫。あなたの体は、精一杯SOSを出しているだけです。

医師からのメッセージ

あなたの“会社に近づくと具合が悪くなる”という反応は、心が壊れたサインではありません。がんばり続けた体が「一度立ち止まって」と伝えているサインです。治療は、あなたのせいを探す旅ではなく、あなたを守る仕組みを整える作業。どうか一人で抱えず、声をかけてください。私たちは、働き方と心身のバランスをもう一度取り戻すお手伝いができます。

参考文献(PubMed、信頼できるURL)

  1. [1] Maercker A, Brewin CR, Bryant RA, et al. Diagnosis and classification of disorders specifically associated with stress: proposals for ICD-11. World Psychiatry. 2013;12(3):198-206. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23737404/
  • ICD-11における適応障害の診断概念と特徴を提案。

[2] Zelviene P, Kazlauskas E. Adjustment disorder: current perspectives from ICD-11. Front Psychiatry. 2017;8:31. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28348550/

  • 適応障害の症状群、経過、治療の概観。

[3] Kivimäki M, Nyberg ST, Fransson EI, et al. Job strain as a risk factor for coronary heart disease: a collaborative meta-analysis. Lancet. 2012;380(9852):1491-1497. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22981903/

  • 仕事のストレスが身体疾患リスクに関連することを示すメタ解析。

[4] Hofmann SG, Asnaani A, Vonk IJJ, Sawyer AT, Fang A. The Efficacy of Cognitive Behavioral Therapy: A Review of Meta-analyses. Cognit Ther Res. 2012;36(5):427-440. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23459093/

  • 認知行動療法の有効性に関する体系的レビュー。

[5] Archer J, Bower P, Gilbody S, et al. Collaborative care for depression and anxiety problems. Cochrane Database Syst Rev. 2012;(10):CD006525. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23076925/


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