過敏性腸症候群(IBS)に悩む人のための心療内科活用法

はじめに:その「お腹の不安」、一人で抱えなくて大丈夫

心療内科医として外来にいると、「電車の中や会議前に必ずお腹が痛くなる」「旅行が不安で楽しめない」という声をたくさん伺います。検査で大きな病気が見つからないのに続く腹痛・下痢・便秘・ガス・腹部膨満…。それがIBS(過敏性腸症候群)です。
IBSは「気のせい」でも「我慢するしかない病気」でもありません。腸と脳のつながり(腸脳相関)が関わる「治療できる」症状です。消化器内科と心療内科がタッグを組むことで、回復の道筋がはっきりしてきます。

IBSとは?症状・タイプ・原因(腸脳相関)

  • 主な症状
    • 腹痛、腹部膨満(ガス腹)、便通異常(下痢・便秘・その交代)、残便感、緊急性(すぐトイレに行きたくなる)
  • タイプ
    • 下痢型(IBS-D)/便秘型(IBS-C)/混合型(IBS-M)/分類不能
  • なぜ起こる?
    • 腸脳相関:ストレスや不安が自律神経やセロトニンを介して腸の運動・知覚過敏を変化させる
    • 腸内細菌叢の乱れ、炎症の微細な活性化、食事(FODMAP、カフェイン、アルコール、人工甘味料)
    • 睡眠不足、過密スケジュール、緊張場面の習慣化
      「心の問題」か「腸の問題」かではなく、両者が双方向に影響し合うのがIBSです。

まずはどこに受診?消化器内科と心療内科の役割

  • 消化器内科
    • 便に血が混じる、夜間の持続的な痛み・下痢、体重減少、発熱、貧血、50歳以上の初発、家族歴(炎症性腸疾患・大腸がん)などがあれば優先受診。
    • 大腸内視鏡などで器質的疾患を除外し、IBSの診断を後押しします。
  • 心療内科
    • 除外診断後の治療設計、ストレス・自律神経の評価、認知行動療法(CBT)、腸指向性催眠療法、薬物療法の微調整、生活指導、復学・復職支援。
    • 消化器内科と情報共有しながら「腸」と「心」を両輪で整えます。

心療内科でできること:診療の具体像

  • 面接とアセスメント
    • 発症のきっかけ、悪化因子(会議・通勤・人混み)、睡眠、食事、運動、仕事・学校の状況を丁寧に把握。
    • 過去の検査結果を活用し、治療の優先順位を決めます。
  • 個別化治療プラン
    • 目標設定(「朝の通勤で不安が10→4」「週2回の下痢を週1以下に」など)
    • 薬物療法+心理療法+生活改善のハイブリッド
  • フォロー
    • 2〜4週ごとに見直し、増悪時のプランB(頓用薬やリラクセーション)も準備。

治療オプション:薬・心理療法・食事・生活

  • 薬物療法(例:医師の判断で使用)
    • 下痢型:ラモセトロン(イリボー)、ロペラミド、整腸剤、少量の三環系抗うつ薬(疼痛過敏の緩和)
    • 便秘型:リナクロチド(リンゼス)、ポリカルボフィルカルシウム、必要により刺激性下剤は短期で
    • 痛み・不安:SSRI/SNRIの少量導入、過敏性の鎮静。ベンゾジアゼピン系は依存性に配慮し頓用・短期。
    • 漢方:半夏瀉心湯、桂枝加芍薬湯、大建中湯など、体質・症状に合わせて。
    • プロバイオティクス、ペパーミントオイルも適応により検討。
  • 心理療法
    • 認知行動療法(CBT):予期不安・回避行動に対する段階的暴露、思考の偏りの修正。
    • 催眠療法、マインドフルネス(腹式呼吸・ボディスキャン)。
    • 睡眠衛生指導(就寝・起床の固定、夜間スマホ制限)。
  • 食事・栄養
    • 低FODMAP食の試験導入→再導入でトリガー特定。
    • カフェイン・アルコール・辛味・高脂肪・人工甘味料(ソルビトール等)を様子見で制限。
    • 水分・食物繊維(便秘型は水溶性繊維を優先)。
  • 生活
    • 通勤前のトイレルーティン、早めの外出、座席・退出経路の確保。
    • 軽い運動(有酸素運動・ストレッチ)、週150分を目標に。

体験談(外来での印象的なケース)

  • Aさん(30代・事務職・下痢型IBS)
    「朝の電車で冷や汗、最寄り駅で毎回トイレへ。検査は“異常なし”と言われて混乱していました。初診で“腸脳相関”を図で説明。ラモセトロンを低用量から、会議前はロペラミド頓用。CBTで“もしも出先で…”の連想をほぐし、退室OKルールを上司に相談。3か月後、会議も出られるようになり、旅行も再開。今は月1の受診で維持しています。」
  • Bさん(20代・学生・便秘型IBS)
    「試験期間は5日出ないことも。お腹が張って痛くて、授業に集中できない。リナクロチドと水溶性食物繊維+低FODMAPを2週間試行。マインドフルネスを朝5分。3週間で“張り”が半分以下になり、緊急性も落ち着きました。『お腹に振り回されない日が増えた』が彼女の言葉です。」

※実際の患者像を踏まえた架空の事例です。個別の診断・治療は医療機関でご相談ください。

自宅でできるセルフケアと職場・学校での工夫

  • トリガーメモ:症状日誌(食事・睡眠・ストレス・便の状態)を1〜2週間つける
  • 朝のルーティン:起床→コップ1杯の水→軽いストレッチ→トイレタイム
  • 呼吸法:4秒吸って6秒吐く×3分、会議前・通勤前に
  • 緊急時の“逃げ道”を用意:最寄りトイレ把握、退席可能な座席
  • 学校・職場で:上長・担任に「体調配慮(退席可)」を事前共有(診断書の活用)

よくある質問(Q&A)

Q1. IBSは一生治らない?
A. いいえ。波はありますが、治療で「症状と上手に付き合える」状態に多くの方が到達します。完全消失でなく“生活の質(QOL)”を上げる発想が鍵です。

Q2. ストレスが原因なら薬は要らない?
A. 両輪が大切です。腸の過敏性を薬で鎮めつつ、心理療法で予期不安や回避行動を整えると、再発リスクも下がります。

Q3. 低FODMAP食はずっと続けるの?
A. 除去は短期間(2〜6週間)を目安に。その後は再導入で“自分のNG”を見極め、過度な制限を避けます。

Q4. 受診のタイミングは?
A. 生活や学業・仕事に支障が出ている、セルフケアで頭打ち、頓用薬に頼り続けている…そんな時は心療内科や消化器内科へ。

Q5. レッドフラッグは?
A. 体重減少、血便、夜間の持続症状、発熱、貧血、50歳以上の初発、家族歴(炎症性腸疾患・大腸がん)。この場合は速やかに消化器内科で精査を。

Q6. カウンセリングは保険適用?
A. 医療機関・体制により異なります。臨床心理士・公認心理師の面接は保険または自費の場合があり、回数や費用を初診時に確認しましょう。

受診の目安(レッドフラッグ)と初診の流れ・費用感

  • 受診の目安
    • レッドフラッグ該当/日常生活の支障/不安で外出が制限される/市販薬に依存気味
  • 初診の持ち物
    • 保険証、内視鏡など過去の検査結果、お薬手帳、症状日誌、困る場面リスト(通勤・会議・試験など)
  • 流れ
    • 問診→必要に応じて検査の確認→治療方針(薬+心理療法+生活)→2〜4週後フォロー
  • 費用感(目安・3割負担の場合)
    • 初診・再診:1,000〜3,000円前後+処方箋
    • カウンセリング:保険か自費かで幅あり(自費は30〜60分5,000〜15,000円目安、施設差あり)
    • くわしくは医療機関へご確認ください。

医師からのメッセージ

IBSは“見えないつらさ”が多い病気です。検査で異常がなくても、痛みや不安は本物です。私たち心療内科は、薬だけでも、根性論だけでもなく、「腸」と「心」を両方から丁寧に支えます。いま困っている場面を一緒に言語化し、あなたに合う治療を見つけましょう。明日のお腹の不安を、今日から少しずつ軽くできます。遠慮なく相談してください。

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