
目次
1 子供が可愛くないと感じるのは異常なのか
育児の現場では、可愛いと思えない、抱っこがつらい、泣き声でイライラする、近づかれると拒否したくなる、といった感情が起こることがあります。多くの方が罪悪感を抱えますが、感情そのものは意思で完全にコントロールできません。
心療内科でよく見るのは、感情の問題というより、心身が消耗しきって反応が鈍くなる状態です。愛情が消えたのではなく、感じる余力が枯れている。まずはその見立てが回復の出発点になります。
関連語として押さえておくと、産後メンタル、産後うつ、育児ノイローゼ、産後不安、産後クライシス、睡眠不足、ホルモンバランス、愛着形成、母子関係の悩み、などが同じ領域で語られます。
2 産後うつだけでは説明できない 近い状態の例
産後のつらさは産後うつに限りません。実際の診療では次のような状態が重なっていることも多いです。
2-1 産後不安:不安障害、パニック発作
赤ちゃんの呼吸が止まる気がする、何度も確認して眠れない、外出が怖い、動悸や息苦しさが出る。うつより不安が前面に出ます。
2-2 強い疲労と睡眠障害による感情の麻痺
夜間授乳や夜泣きで分断睡眠が続くと、脳は危機モードになります。イライラ、涙、無感覚、集中力低下が起きやすく、可愛いと感じる回路が働きにくくなります。
2-3 産後のトラウマ:産後PTSD
出産が怖かった、痛みや医療行為がつらかった、緊急帝王切開で混乱した。フラッシュバックや過覚醒が起き、赤ちゃんを見ると当時を思い出してつらくなる方もいます。
2-4 産後クライシス:夫婦関係の悪化
手伝ってくれない、労いがない、会話がない。孤独が強まると、育児そのものが罰のように感じられます。
3 こんなサインがあれば早めに相談を
次の項目が2週間以上続く、または急激に悪化している場合は、心療内科や産婦人科、地域の保健師、カウンセリングにつなげてください。
- 眠れない、寝ても回復しない
- 食欲がない、体重が落ちる
- 涙が止まらない、焦りが強い
- 何も楽しくない、感情がわかない
- 赤ちゃんの泣き声が耐えられない
- 自分を責め続ける、消えたい気持ちが出る
- 赤ちゃんや自分を傷つけそうで怖い
緊急性が高いのは、自傷や他害の衝動、現実感の低下、幻聴妄想、です。この場合は夜間でも救急や自治体の相談窓口を使ってください。
4 原因は一つではない:心と体と環境の重なり
母親の孤独は、気持ちの弱さではなく構造の問題で起きます。よくある重なりを整理します。
4-1 体の要因
- ホルモン変化
- 貧血、甲状腺の異常、栄養不足
- 痛みや体調不良、授乳トラブル
- 慢性的な睡眠不足
4-2 心の要因
- 完璧主義、真面目で頑張りすぎる
- 産後の自己否定、罪悪感
- 過去のつらい体験が刺激される
- もともとの不安傾向、うつの既往
4-3 環境の要因
- ワンオペ育児、頼れる人がいない
- 夫婦のすれ違い、孤立
- 仕事復帰へのプレッシャー
- SNS比較による自己評価の低下
子供が可愛くないという言葉は、愛情の欠如ではなく、疲弊や抑うつ不安の症状として出ている場合が多いです。
5 心療内科でできること 治療と通院の流れ
心療内科や精神科に行くのは大げさ、と感じる方ほど、早めの相談が回復を早めます。診察では責めません。状況を整理し、眠りと安全を最優先に立て直します。
5-1 初診でよく確認すること
- 睡眠時間と中途覚醒
- 食事、体重、日中の活動
- 不安や抑うつの程度、涙、焦燥
- 赤ちゃんへの関わりで困る場面
- サポート体制、夫婦関係
- 自傷他害のリスク
必要に応じて、産婦人科や内科と連携して、貧血や甲状腺など身体要因の確認も行います。
5-2 治療の選択肢
- 心理療法 認知行動療法CBT、対人関係療法、支持的カウンセリング
- 薬物療法 症状に応じて抗うつ薬SSRIや睡眠薬を慎重に使用
- 産後ケア事業、訪問看護、家事育児支援の導入
- 夫婦面談や家族への説明
授乳中の薬は心配が大きいと思います。リスクとベネフィットを一緒に比較し、最小限で、眠りと不安を整える方針をとります。薬を使わない選択肢も含めて相談できます。
6 今日からできるセルフケアと環境調整
回復は気合ではなく、段階を経て少しずつ進んでいきます。
6-1 睡眠を最優先にする
- 連続睡眠を確保するため、夜間の一部を家族や支援に委ねる
- 昼に短時間でも仮眠を入れる
- 寝る前のスマホ時間を短くする
6-2 罪悪感を減らす言葉に置き換える
- 可愛くないと感じるのは疲労のサイン
- 私はダメではなく、今は支援が必要
- 今日は生かしただけで十分
6-3 外部資源を使う
- 自治体の保健師、産後ケア、家事支援
- 一時預かり、ファミサポ、訪問型支援
- 心療内科、カウンセリング
支援を使うのは甘えではなく医療的にも推奨される再発予防です。
7 体験談 外では笑えて家で崩れる私
これは私の外来でよく出会うパターンを、個人が特定されないように再構成したものです。
生後3か月の頃、Aさんは周囲に明るい人と思われていました。健診でも問題なし。でも家に帰ると、赤ちゃんが泣くたび胸がざわつき、抱っこが怖くなりました。可愛いと思えない自分を責め、夫に言えず、夜に一人で泣いていました。
初診でAさんが言った言葉が忘れられません。母親として終わっている気がする。でも本当は、赤ちゃんが嫌いなわけじゃない。ただ眠れなくて、ずっと緊張していて、心が空っぽなんです。
治療はまず睡眠の確保と不安の軽減から始め、週1回のカウンセリングで完璧主義の癖と、助けを求める練習をしました。数週間で表情が戻り、数か月で、可愛いと感じる瞬間が少しずつ増えました。
回復の鍵は、愛情を無理に作ることではなく、心身の余白を取り戻すことでした。
8 よくある質問Q&A
Q1 子供が可愛くないと思う私は異常ですか
異常と決めつけなくて大丈夫です。多くは抑うつ、不安、睡眠不足、孤立の結果として起こる感情の変化です。評価すべきは性格ではなく、今の負荷と症状です。
Q2 産後うつかどうか自己診断できますか
目安にはなりますが、自己診断だけで抱え込むのは危険です。涙、意欲低下、不眠、食欲低下、焦燥、希死念慮がある場合は医療者に確認してください。産婦人科でも相談できます。
Q3 心療内科に行くと薬を出されますか
必ずではありません。睡眠調整、心理療法、環境調整だけで改善する方もいます。薬が必要な場合も、授乳や生活背景を踏まえて一緒に選びます。
Q4 夫に何と言えばいいかわかりません
責める言い方より、症状として伝えるのが有効です。例として、最近眠れず不安が強い。赤ちゃんが可愛くないと感じてしまうのは心が限界のサインかもしれない。一度受診に付き添ってほしい。という形が現実的です。
Q5 赤ちゃんに悪影響が出てしまいましたか
今つらさに気づけている時点で、回復の可能性は十分あります。愛着形成は一発勝負ではなく、日々の積み重ねです。支援と治療で立て直せます。
9 医師からのメッセージ
子供が可愛くないと感じた瞬間に、あなたは一人で有罪判決を出してしまったのかもしれません。でも診察室で私は、そう感じてしまうほど頑張り続けた人を何度も見てきました。大切なのは、気持ちを無理に変えることではなく、眠りと支えを取り戻し、心の容量を回復させることです。
心療内科やカウンセリングには、心が強い人、以前は強かった人も来てほしいと考えています。強い人ほど頑張ってしまいやすく、限界になる前に、専門家と一緒に状況を整理し、現実的な手当てを積み上げる場所だからです。あなたが少し楽になることは、赤ちゃんにとっても家族にとっても、いちばんの安心につながります。今日のうちに、相談先を一つだけ決めて連絡してみてください。

