回復期に大切にしたい“自分のペース”

はじめに

治ってきたからこそ「焦らない勇気」を 診察室でよく耳にする言葉があります。「調子が戻ってきたのに、うまくいかない日が怖い」「早く以前の自分に戻らなきゃ」。回復期はアクセルではなく、丁寧にギアを上げる時間です。ここでの「自分のペース」は、甘えではなく医学的にも再発予防に役立つ戦略です[1][2]。

小さな階段を上る

「行動の量」より「回復の質」 ・一日のエネルギー予算を立てる 朝の段階で「今日は60%くらい」と感じたなら、予定も60%に。余白は回復を支える大切な空白です。

・行動の分割と休憩の挿入 家事や仕事を25分単位に分け、5分の小休止をはさむ。行動活性化(BA)は、抑うつの改善に有効で、回復期の再発予防にも役立ちます[1]。

・「できた」を可視化 ToDoではなく「Doneリスト」を。達成感は次の一歩の燃料になります。

睡眠リズムを整える

回復の土台づくり ・就寝・起床の固定 平日も休日も起床時間をずらさないことが、気分の波を小さくします。睡眠衛生+認知行動療法的対処は抑うつの併存症状も改善します[3]。

・寝る前のブルーライトはoffに。

・SNSは30〜60分前に一旦off。代わりに軽いストレッチや呼吸法を。

・昼寝は短く 15〜20分以内、午後遅くは避ける。

心と体を動かす

無理のない運動処方 ウォーキング10〜20分、週3回から。運動は抗うつ効果が証明され、再発予防にも寄与します[4]。ペースは「少し息が上がる程度」で十分です。

マインドフルネスとセルフ・コンパッション

回復期は「また落ち込んだらどうしよう」という予期不安が強くなりがち。MBCT(マインドフルネス認知療法)は再発予防のエビデンスがあります[2]。呼吸に注意を向け、「今この瞬間」に心を戻す練習を1日3分から。

仕事・学業への復帰は段階的に

・短時間・軽負荷からスタート ・上司・産業医・人事と情報共有 「できる範囲」「困る場面」「支援があればできること」を具体的に。心療内科からの診断書や就労配慮の提案が役立ちます。 ・不安への曝露は“微量ずつ” 不安障害では、回避よりも段階的曝露が回復を促します。怖さを10段階に分け、低い方から練習するのがコツです[6]。

薬の続け方

やめ時も「自分のペース」で 「良くなったからやめたい」は自然な気持ち。ただし再発予防の観点では、寛解後もしばらく継続が推奨されます[7]。独断で中止せず、医師と計画的に減量を。

体験談:診察室から(匿名・要旨)

30代・会社員のAさんは、うつ病の寛解後に「早く取り戻さなきゃ」と残業を再開し、週末は寝込むパターンに。私たちは「60%ルール」「Doneリスト」「起床固定」を3週間実践。復職プランは4→6→8時間と段階的に。2か月後、「焦りは消えないけれど、波に乗り方がわかった」と笑顔が戻りました。

Q&A(FAQ:安心のためのよくある質問)

Q1. 調子が良い日に頑張りすぎるのはダメですか? A. 良い日を楽しむこと自体は大切。ただし「翌日への反動」を見越して2〜3割は力を残すのが再発予防のコツです[1][4]。

Q2. 休むほど不安になります。動いた方がいい? A. どちらも“少しずつ”。休息で土台を整えつつ、行動活性化で小さな達成を積み重ねると不安は自然に下がります[1]。

Q3. いつ薬をやめられますか? A. 症状が安定してからも一定期間の継続が推奨されます。自己判断での中止は再発リスクを上げるため、医師と減量計画を立てましょう[7].

Q4. 通院やカウンセリングはどの段階で必要? A. 「波が大きい」「仕事や家事に支障」「人間関係が縮む」「眠れない」が目安。回復期の今こそ、再発予防のために心療内科やカウンセリングを活用してください[2][6][7]。

心療内科・カウンセリングのすすめ

・評価と見立て:今の段階(急性期/回復期/寛解)をプロが一緒に確認

・治療の選択肢:薬物療法、認知行動療法、マインドフルネス、睡眠指導、リワーク連携

・予防プラン:再発サインの整理、家族への説明、職場との橋渡し 一人で全部抱えなくて大丈夫です。

まずは相談から。

医師からのメッセージ 

回復は直線ではなく、波を描きます。大切なのは、波を消すことではなく、乗り方を知ること。あなたの歩幅は、あなたが決めていい。私たちは、その歩幅に合わせて並走します。焦らず、確かに。

参考文献(PubMed)

[1] Ekers D, Webster L, Van Straten A, et al. Behavioural activation for depression; an update of meta-analysis. The Cochrane Database of Systematic Reviews. 2014. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24899879/ [2] Piet J, Hougaard E. The effect of mindfulness-based cognitive therapy for prevention of relapse in recurrent major depressive disorder: A systematic review and meta-analysis. Clinical Psychology Review. 2011. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21916932/ [3] Wu JQ, Appleman ER, Salazar RD, Ong JC. Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia Comorbid With Psychiatric and Medical Conditions: A Meta-analysis. JAMA Internal Medicine. 2015. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26094010/ [4] Cooney GM, Dwan K, Greig CA, et al. Exercise for depression. The Cochrane Database of Systematic Reviews. 2013. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23740518/ [5] Lagerveld SE, Blonk RW, Brenninkmeijer V, et al. Work-focused cognitive-behavioural therapy and return to work in employees on sick leave due to common mental disorders: a randomized controlled trial. Occupational and Environmental Medicine. 2012. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22912555/ [6] Hofmann SG, Smits JA. Cognitive-behavioral therapy for adult anxiety disorders: a meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. The Journal of Clinical Psychiatry. 2008. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19045962/ [7] Geddes JR, Carney SM, Davies C, et al. Relapse prevention with antidepressant drug treatment in depressive disorders: a systematic review. The Lancet. 2003. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12606176/


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