
目次
はじめに
画面越しの働き方が心に残す「疲れ」 朝起きて、机に向かって、終日オンライン会議。気づくと声を発していない時間が長く、椅子から立ったのは数回だけ。仕事は進んでいるのに、胸の奥に小さな不安が積もる——外来でお会いする患者さんから、そんな言葉をよく聞くようになりました。 テレワークやハイブリッドワークは柔軟で生産的な仕組みですが、境界(仕事/私生活)が曖昧になりやすく、孤立やストレスが見えにくいのが難点です。心療内科は、いまこの働き方に合った新しい利用方法が求められています。
テレワークで目立つ症状とサイン
- 気分・思考の変化(うつ症状)
- 朝の憂うつ、興味・喜びの低下、自己否定、決断しにくい、焦燥感
- 簡易チェック: PHQ-9(患者健康質問票)
- 不安・緊張(不安障害・パニック)
- 会議前に動悸、息苦しさ、胃の不快、突然の不安発作
- 簡易チェック: GAD-7(全般性不安障害質問票)
- 睡眠と体内時計の乱れ(睡眠障害)
- 入眠困難、中途覚醒、朝起きられない、昼夜逆転
- 身体症状の反復(心身症)
- 頭痛、肩こり、過敏性腸症候群、胸部違和感などの機能的症状
- 仕事機能の低下(プレゼンティーズム)
- 集中できない、ミスが増える、先延ばし、コミュニケーション疲れ
原因:境界の消失、孤立、情報過多、生活リズムの崩れ
- 休むはずの家が仕事場に。終業の切り替えが難しく、脳が“常時オンライン状態”に。
- 孤立と同調の難しさ
- 微妙な表情・うなずきが読み取りづらく、誤解や不安が増幅。
- 情報過多・会議疲労(Zoom/Teams疲れ)
- 画面越しの過度な集中が疲労と倦怠感を蓄積。
- 生活リズムの崩れ
- 通勤が消え運動量が激減、睡眠の固定化が崩れやすい。
- 職場の心理社会的要因
- 役割の曖昧さ、コントロール感の低下、サポート不足は、抑うつ・不安と関連します(後掲文献参照)。
受診の目安と心療内科の新しい使い方(オンライン含む)
- 受診の目安
- 2週間以上つらさが続く、仕事や家庭に支障、睡眠が崩れ立て直せない、身体症状が反復する、希死念慮がよぎる時は専門受診を。
- 初診で行うこと
- 新しい利用方法
- オンライン診療・テレカウンセリングの活用(通院負担を減らし継続しやすい)
- マイクロセッション(短時間・高頻度フォロー)で小さな変化を早く積み上げる
- 在宅環境を映しての具体的な助言(椅子・画面配置・休憩導線)
- 家族の同席による支援体制づくり
- 産業医・人事・EAPとの安全な情報連携(同意の範囲内・秘密は厳守)
治療と支援:薬物療法、認知行動療法(CBT)、マインドフルネス、職場連携
- 薬物療法
- うつ・不安に対するSSRI/SNRI等。副作用やリスクを丁寧に説明し、少量から段階的に。必要のない薬は勧めません。
- 認知行動療法(CBT)
- オンラインでも実施可能。考え方・行動のクセをほどき、会議前の不安や先延ばしに具体策をつくります(課題分割、行動活性化、暴露・反応妨害など)。
- マインドフルネス
- 注意の散漫さやストレス過敏に。短い呼吸法から始め、会議と会議の間の“1分リセット”を習慣化。
- 生活リズム・運動・睡眠衛生
- 起床時刻の固定、日中の自然光、通勤の代わりに“擬似通勤ウォーク”、カフェイン管理、就寝前のスクリーン制限。
- 職場との調整
- ハイブリッド頻度の見直し、会議の所要・本数、静かな作業時間の確保(Deep Work)、業務優先度の明確化。産業医面談や主治医意見書でサポートします。
私の診療室から:在宅勤務のリアルな体験談(匿名化)
- 30代・企画職・男性 「朝起きられず、昼から始動。会議前に動悸がして逃げたくなる」。初診でPHQ-9は15点、中等度の抑うつ。不安も強く、GAD-7は12点。オンラインで週1回のCBTと、朝の日光浴+“擬似通勤ウォーク”を開始。会議前に呼吸法とメモ準備をセット化。4週でPHQ-9が7点に、会議欠席ゼロへ。
- 40代・エンジニア・女性 「対面が減って、評価が怖い。寝つけず、朝方にようやく眠る」。睡眠リズムの是正を優先し、就床・起床時刻を固定、夕方のカフェインをカット。上長と“通知のない集中時間”を合意。8週で中途覚醒が半減、日中の不安も大幅に軽減。最終的には週1出社のハイブリッドに。
よくある質問(FAQ)
- Q: オンライン治療でも効果はありますか? A: テレメンタルヘルスやインターネットCBTは、対面に劣らない効果が示されています。状態により対面との組み合わせを提案します(文献1,3)。
- Q: 薬は必ず飲まないといけませんか? A: いいえ。心理療法や生活調整で十分な場合もあります。必要時は最小限・短期間で。選択は一緒に決めます。
- Q: 会社に知られますか? A: 同意なく情報が伝わることはありません。産業医や会社と連携する場合も、共有する内容・範囲を事前に合意します。
- Q: どれくらいの頻度で通えばよい? A: 急性期は1〜2週ごと、安定後は3〜4週ごとが目安。オンラインと対面を柔軟に組み合わせます。
- Q: 緊急時は? A: 希死念慮や強い不安発作がある場合は、ためらわず地域の救急・相談窓口に。受診先の指示も事前にご案内します。
今日からできる3つのセルフケア(安全な一般的助言)
- 会議の合間に“1分間の呼吸スペース”
- 4秒吸って6秒吐く×10呼吸。自律神経の過緊張をリセット。
- 仕事/私生活の物理的境界をつくる
- 仕事の終わりにPCとノートを“片づける儀式”。BGMや照明も切り替え。
- 擬似通勤ウォークを毎日15分
- 朝の光で体内時計を整え、夜の入眠をスムーズに。
医師からのメッセージ
「がまん強さ」は日本の美徳ですが、心は筋肉と同じで、休み方・鍛え方があります。つらさを言葉にすることは弱さではなく、回復の第一歩。画面の向こうで一人きりに見えても、支える手は必ずあります。受診のハードルが高いときは、まずオンラインの相談でも大丈夫。あなたの働き方にフィットする回復プランを、一緒に丁寧につくっていきましょう。
引用文献(PubMed)
- Hilty DM, Ferrer DC, Parish MB, Johnston B, Callahan EJ, Yellowlees PM. The Effectiveness of Telemental Health: A 2013 Review. Telemed J E Health. 2013;19(6):444-454. doi:10.1089/tmj.2013.0075 PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23697504/
- Archer J, Bower P, Gilbody S, et al. Collaborative care for depression and anxiety problems. Cochrane Database Syst Rev. 2012;(10):CD006525. doi:10.1002/14651858.CD006525.pub2 PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22336806/
- Kroenke K, Spitzer RL, Williams JB. The PHQ-9: Validity of a brief depression severity measure. J Gen Intern Med. 2001;16(9):606-613. doi:10.1046/j.1525-1497.2001.016009606.x PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11556941/
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- Grossman P, Niemann L, Schmidt S, Walach H. Mindfulness-based stress reduction and health benefits: A meta-analysis. J Psychosom Res. 2004;57(1):35-43. doi:10.1016/S0022-3999(03)00573-7 PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15256293/