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はじめに
診察室から見える「静かな疲弊」 「眠っているはずなのに、頭が霞がかかったまま」「休んだのに回復しない」——診察室で繰り返し聞く訴えです。仕事・子育て・スマホ・深夜の情報洪水。私たちは知らず知らずのうちに睡眠を削り、その「つけ=睡眠負債」を翌日どころか数週間先の心身に回しています。ここでは医学的エビデンスと臨床の実感を交えて、今日から変えられるヒントをお伝えします。
睡眠負債とは:定義と仕組み
- 定義:必要な睡眠時間(多くの成人で7〜9時間)に対し、数十分〜数時間の不足が「借金」のように蓄積した状態。週末の「寝だめ」で一部は戻せても、認知機能や気分の回復は不完全になりがちです。
- 仕組み:睡眠不足は交感神経優位・コルチゾール増加・炎症反応の亢進を招き、代謝・免疫・情動の調整が崩れます[3][7]。食欲ホルモン(レプチン↓・グレリン↑)が乱れ過食に傾くことも。
こんなサインは要注意(セルフチェック)
- 朝スヌーズを3回以上、起きて30分過ぎてもだるい
- 会議・運転・電車でうとうと(マイクロスリープ)
- 夕方以降の甘い物・塩辛い物・カフェインが増えた
- 週末の起床時刻が平日より2時間以上遅い(社会的時差)
- イライラ・不安増加、集中力低下、物忘れが増えた
- 入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒が週3回以上、3か月続く(慢性不眠症の目安)
何が睡眠を削るのか:原因と背景
- ライフスタイル:就寝前のスマホ・ブルーライト、遅い夕食・飲酒、過度のカフェイン・ニコチン
- 仕事環境:長時間労働、プレゼンティーイズム、シフトワーク、夜間対応
- 心理的要因:ストレス過多、反芻思考(考えが止まらない)、不安障害・うつ病の併存
- 生物学的要因:体内時計(概日リズム)と chronotype のミスマッチ、季節・光曝露の不足
放置するリスク:メンタル・身体・仕事のパフォーマンス
- 認知機能:注意力・反応速度・意思決定が段階的に低下。本人の自覚以上にパフォーマンスが落ちます。
- メンタル:不眠はうつ病の発症リスクを高め、相互に悪循環を作ります。
- 代謝・循環:インスリン抵抗性・食欲変化・肥満、高血圧・動脈硬化リスクの上昇。
- 免疫:炎症性サイトカインの変化で感染症・慢性炎症の感受性が上がる可能性。
- 安全性:居眠り運転・産業事故のリスク増。
今日からできる対策:睡眠衛生と7日リセット 睡眠衛生の基本
- 起床時刻を毎日固定(±30分以内)。朝の太陽光を15分以上浴びる
- 寝る90分前に入浴(40℃・10〜15分)で深部体温をコントロール
- 寝る2〜3時間前に食事を済ませ、アルコールは「寝つきをよく見せるだけ」で睡眠の質を下げると理解する
- カフェインは就寝6時間前まで、ニコチンは控える
- 就寝1時間前からは画面オフかナイトモード+照明は暖色で暗めに
- 寝室は暗く静かに、やや涼しく(18〜20℃目安)。時計を見ない
7日間スリープ・リセット
- Day1-2:起床固定+朝光+昼間の軽運動(15〜20分の速歩)
- Day3-4:寝床は「眠い時だけ」入る。20分眠れなければ一旦出て静かな行為(ストレッチ・読書)
- Day5:カフェイン・アルコールのゼロデーを試す
- Day6:週明けのために就寝時刻を15〜30分前倒し
- Day7:1週間の平均睡眠時間と眠気を記録(睡眠日誌)し、翌週の調整指標に
医学的治療の選択肢(CBT‑I・薬・カウンセリング)
- 認知行動療法(CBT‑I):慢性不眠の第一選択。刺激制御法、睡眠制限療法、リラクセーション、睡眠に関する誤解の修正を含み、薬より持続的な効果が期待できます[8]。
- 薬物療法:症状・背景に応じて短期的に併用(メラトニン受容体作動薬、非ベンゾ系など)。依存性・翌日ふらつき等の副作用にも配慮。
- 併存症への対応:不安障害・うつ病・疼痛・睡眠時無呼吸(いびき・無呼吸がある場合は検査とCPAPの適応検討)を同時に評価。
- カウンセリング:ストレスマネジメント、反芻思考の整理、勤務調整や産業医との連携。
体験談(一次情報・編集部再構成) Aさん(28歳・営業職)
- 来院時の主訴:寝つけない・午前の集中力低下・週末の寝だめ
- 背景:深夜までスマホとメール、遅い夕食、毎晩の晩酌
- 介入:起床時刻固定、21時以降の画面オフ、入浴のタイミング調整、CBT‑Iで刺激制御+睡眠制限、晩酌は週2回へ
- 4週間後:入眠まで平均15→25分(初期は睡眠制限で一時的に長く感じたが)、中途覚醒が半減、日中の眠気スコア改善。3か月後には寝だめ不要、午前の商談成約率が自己最高に。 「睡眠は“長さ”より“整い方”。整うと、仕事と気持ちが揃ってきました」との言葉が印象的でした。
受診の目安と心療内科でできること
- 2週間以上、日中の眠気や不調で生活・仕事・学業に差し障り
- 入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒が週3回以上、3か月続く
- いびき・無呼吸、寝汗、むずむず脚症候群が疑われる
- うつ気分・不安、食欲や体重の急変、動悸・胸苦しさを伴う 当院では、睡眠日誌・アクチグラフや質問紙、血液・呼吸のスクリーニングを行い、CBT‑I/薬物療法/産業医連携まで個別化して伴走します。迷ったら、まず相談を。
よくある質問
Q. 週末の寝だめで取り返せますか? A. 一部は補えますが、注意力や意思決定の回復は不完全で、体内時計はむしろ乱れがちです。平日の起床固定が最優先。
Q. 夜型で困っています。矯正できますか? A. 朝光・就寝前ルーティン・運動である程度は前倒し可能。シフトワークや学業との調整は個別設計が効果的です。
Q. アルコールで寝つきが良くなります。 A. 前半の睡眠を浅く分断し、REM睡眠を抑制します。熟睡感は低下し、夜間覚醒が増えます。代替として温浴・ストレッチ・呼吸法を。
Q. 何科に行けばいい? A. 睡眠の悩みが気分・不安・仕事のストレスと絡む場合は心療内科/精神科が適切。いびき・無呼吸が強い場合は睡眠専門外来や耳鼻科とも連携します。
医師からのメッセージ
睡眠は「根性」で削る資源ではなく、毎日の意思決定を支える“土台”です。完璧を目指す必要はありません。起床時刻を決め、朝の光を浴び、夜は少しだけ静けさを作る。十分でない日があっても大丈夫。うまくいかない時は、私たちに頼ってください。あなたの生活に馴染む方法を一緒に見つけます。