メンタルヘルスブームの光と影。「病気だと診断されたがる人」の深層心理

なぜ「診断されたい」と感じるのか

メンタルヘルスブームの「光」は、うつ病・不安障害・ADHD・ASD・バーンアウト・HSPなどへの理解が深まり、スティグマが減ってきたこと。一方で「影」として、自己診断やレッテル貼り、過度な同一化が起きやすくなりました。

「診断されたい」気持ちには、いくつかの深層心理が関わります。

  • 安堵と意味づけ: 説明できなかったつらさに名前がつくことで、安心感が生まれる(医療的バリデーション)。
  • 支援へのアクセス: 休職・大学の配慮・保険適用の治療・リワークなど、具体的なサポートに繋がる。
  • 承認欲求と所属: SNSで同じ悩みを共有するコミュニティに属しやすい。
  • 認知バイアス: 確証バイアスにより「自分に当てはまる情報」だけが目に入りやすい。
  • 二次利得: 無意識のうちに「しんどさを避けられるメリット」が働くことがある(本人の責任ではありません)。

大切なのは、診断「そのもの」を目的化せず、生活の質(QOL)を上げるために診断と治療を活用する視点です。

診断が「役立つ時」と「縛る時」

  • 役立つ時
    • 正確な診断は、認知行動療法(CBT)・マインドフルネス・薬物療法(SSRI/SNRI)・生活指導といった適切な治療選択につながる。
    • 職場の産業医や大学の学生相談で、合理的配慮の根拠になる。
    • 併存症(例: うつ病+不安障害)を見落とさず、再発予防計画を立てやすい。
  • 縛る時
    • 「私はADHDだから」「HSPだから」「働けない」など、自己の可能性を狭めてしまう。
    • 自己効力感が下がり、回復の妨げになる。
    • ラベル中心のコミュニケーションで、人間関係がぎこちなくなる。

診断は「地図」であって「目的地」ではありません。

自己診断の落とし穴と医療の評価プロセス

SNSやセルフチェックは入口として有益ですが、医学的診断とは別物です。心療内科では以下を総合します。

  • 生活歴・発達歴・家族歴・ストレス要因の聴取(トラウマ歴や愛着の課題も)
  • DSM-5-TR等の診断基準に基づく面接
  • 身体疾患の除外(甲状腺機能、貧血、睡眠時無呼吸、薬剤性など)
  • 重症度評価とリスク評価(希死念慮、自傷の可能性)
  • 併存症・鑑別診断(例: ADHDと不安障害、双極性スペクトラムと抑うつ)

自己診断で心配が強まった時ほど、専門家の評価が負担を減らします。

受診の目安と準備チェックリスト
こんな時は心療内科・カウンセリングを検討してください。

  • 2週間以上、抑うつ・不安・不眠・過食/食欲低下・集中困難が続く
  • 仕事や学業、家事・育児が回らない
  • パニック発作、動悸、過呼吸、理由のない焦燥
  • アルコール・カフェイン・ゲームなどに依存傾向
  • 希死念慮や自己否定感の増悪

準備チェックリスト

目標(休職の相談、カウンセリング希望、セカンドオピニオン など)

症状のタイムライン(いつから、きっかけ、強さの変動)

睡眠/食事/運動/飲酒/服薬の状況

困っている具体場面(会議前に動悸、締め切り前に過集中→燃え尽き 等)

過去の治療歴・副作用歴・家族歴

治療の選択肢(薬物・非薬物・仕事の調整)

  • 薬物療法
    • うつ病/不安障害: SSRI/SNRI、必要に応じて短期的な抗不安薬(依存リスクに注意)
    • 睡眠: 睡眠衛生+非ベンゾ系睡眠薬、不眠に対するCBT
  • 非薬物療法
    • 認知行動療法、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)
    • マインドフルネス、ストレスマネジメント、行動活性化
    • 家族支援、カップルカウンセリング
  • 仕事・学業の調整
    • 産業医・人事と連携し、合理的配慮(業務量調整、静かな作業環境、締切の見える化)

治療は「併用」が効果的です。薬物のみ、心理療法のみ、どちらか一方に固執しないことが回復を早めます。

体験談(複合事例・個人が特定されないよう再構成)

IT企業で働くAさん(20代後半)は、SNSでADHDの動画を見て「自分もそうかも」と自己診断。ミスや遅刻が続き、上司との関係もぎこちなくなりました。受診を勧められ、心療内科へ。評価の結果、主症状は不安障害と睡眠リズムの乱れで、ADHDは閾値未満。CBTで時間管理と「完璧主義」を扱い、睡眠のコツ(起床固定・朝光・カフェイン制限)を導入。産業医と調整して会議の頻度を一時的に減らしました。3カ月で焦りが減り、半年後に自己効力感が回復。「診断名が“目的”ではなく、働きやすさを作る“手段”なのだと実感した」と話しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 診断を受けると一生そのラベルがつきますか?
A. 多くの疾患は経過で変わります。寛解や再評価も日常的です。診断は現時点の地図に過ぎません。

Q2. 自己診断と何が違うの?
A. 医療は面接・心理検査・身体疾患の除外・併存症の見立てを総合します。似た症状でも治療は大きく変わります。

Q3. 薬はできれば飲みたくないのですが…
A. 非薬物療法だけで良くなる方もいます。副作用や妊娠の希望など価値観を踏まえて、一緒に決めていきます。

Q4. セカンドオピニオンは失礼になりませんか?
A. まったく問題ありません。医療リテラシーとして推奨されます。紹介状や検査結果を活用しましょう。

Q5. 学校・職場に診断書を出すべき?
A. 目的(配慮の取得、休学/休職など)と開示範囲を確認し、必要最小限の情報に留めるのが基本です。産業医・学生相談と連携を。

Q6. SNS疲れや「マスクうつ」がしんどい
A. 情報ダイエット、通知の整理、アプリの夜間タイマーが有効。カウンセリングで「境界線の引き方」を練習しましょう。

心療内科・カウンセリングを勧める理由

  • “眠れない”“食べられない”“集中できない”という機能低下は、早期介入ほど回復が速い傾向。
  • 診断はあなたを縛るものではなく、暮らしを軽くするツール。
  • カウンセリング(CBT/ACT/家族支援)は、薬では届きにくい習慣・対人面・価値観の層に働きかけます。

迷ったら、まずは相談。セカンドオピニオンも選べます。

医師からのメッセージ

診断名は「あなた自身」ではありません。ラベルに寄りかかりすぎず、しかし必要なときは上手に使う。私たちは、病名ではなく“あなたの人生”を診ています。ひとりで抱え込まず、どうぞ早めに扉をたたいてください。

Translate »