
目次
- 1 はじめに:朝が来るのが怖い夜
- 2 睡眠相後退症候群(DSPD)とは
- 3 チェックリスト:こんな傾向はありませんか?
- 4 よくある誤解:「怠け」ではありません
- 5 原因のメカニズム(サーカディアンリズム)
- 6 診断のプロセス(睡眠日誌・アクチグラフ・鑑別)
- 7 治療と対処法
- 8 1) 時間療法(起床時刻固定・段階的前進)
- 9 2) 高照度光療法(ライトセラピー)
- 10 3) 薬物療法(メラトニン経路の活用)
- 11 4) 睡眠衛生と認知行動療法(CBT-I/CBT-CHRONO)
- 12 5) 学校・職場の調整(合理的配慮)
- 13 3日で試せるミニ実験(一次情報)
- 14 体験談:大学生Aさんの再スタート
- 15 Q&A:よくある質問
- 16 受診を検討するサイン
- 17 医師からのメッセージ
はじめに:朝が来るのが怖い夜
外来で「0時に布団に入るのに、寝つくのは気づけば3時…」「朝はアラームを止めた記憶もない」と打ち明けられる方は少なくありません。これが毎日続けば、自己嫌悪にもなりますよね。けれど、それは意志の問題ではありません。体内時計(サーカディアンリズム)が遅れやすい体質・環境の掛け算で起きる「睡眠相後退症候群(DSPD)」という状態が背景にあります。
睡眠相後退症候群(DSPD)とは
- 夜に眠気が来る時刻が遅く、自然な睡眠開始が深夜〜明け方へずれ込む疾患概念です。
- 休日は昼過ぎまで眠れるのに、平日は極端な寝不足・遅刻・欠席になりやすいのが特徴。
- 若年層(思春期〜若年成人)に多く、日本でも不登校、遅刻、プレゼンティーズム(出勤しても生産性が出ない)と関連が指摘されています。
- 国際分類(ICSD-3)では「概日リズム睡眠覚醒障害」の一つに位置づけられます。
チェックリスト:こんな傾向はありませんか?
- 平日は寝つきが遅く、自然入眠が2時以降になりがち
- 休日は起床が11時以降で、起きるとスッキリ
- 寝床に入っても「眠気」自体が来ない
- 寝不足で午前は頭が働かないが、夜は元気・集中できる
- 朝の強い光が苦手で、カーテンを閉め切っている
- 夜間のスマホ・PC・ゲーム時間が長い(ブルーライト)
- 思春期以後に悪化した/家族にも夜型がいる
4つ以上当てはまれば、心療内科・睡眠外来での相談をおすすめします。
よくある誤解:「怠け」ではありません
- 意志ではなく「眠気の波」が遅れて訪れるため、寝床で苦戦しやすいのです。
- 「早く寝ろ」は、眠気が来ていない脳にとっては実現困難。大切なのは「起床時刻の固定」と「朝の光」です。
原因のメカニズム(サーカディアンリズム)
- サーカディアンリズムは約24.2時間でやや長め。このズレを朝の光と行動で毎日リセットしています。
- 思春期は生理的に時計が後ろへずれやすい。
- 夜のブルーライトはメラトニン分泌を抑え、さらに遅れを助長。
- 遺伝的素因や、ADHD・自閉スペクトラムなどの発達特性、うつ・不安障害などの併存により慢性化しやすくなります。
診断のプロセス(睡眠日誌・アクチグラフ・鑑別)
心療内科や睡眠専門外来では、以下を組み合わせて評価します。
- 睡眠日誌(1〜2週間)
- アクチグラフ(腕時計型で活動と睡眠を客観評価)
- 日中の眠気評価(ESS)、睡眠の質(PSQI)
- 併存症の評価(うつ、不安、ADHD、起立性調節障害など)
- 鑑別:不眠症、睡眠時無呼吸症候群、概日リズム障害(交代勤務・時差ボケ)など
必要に応じて学校・職場向けに配慮事項を記した診断書を作成し、遅刻・始業調整などの現実的サポートを進めます。
治療と対処法
1) 時間療法(起床時刻固定・段階的前進)
- まず「起床時刻」を毎日同じに固定(±30分以内)。
- 眠くても、朝は起き上がり、光を浴び、軽い活動で体温を上げます。
- 入眠時刻は「眠気が来た時」に合わせ、1〜2週間ごとに15〜30分ずつ前倒し。
2) 高照度光療法(ライトセラピー)
- 朝の強い光(例:10,000ルクス相当)を20〜30分浴びると、体内時計が前に動きやすくなります。
- 寝坊した日も、起きたら必ず光。カーテン全開+朝散歩は低コストで有効。
- 緑内障など眼の疾患がある場合は、必ず医師に相談してください。
3) 薬物療法(メラトニン経路の活用)
- 日本では成人に対するメラトニン製剤は一般流通していませんが、メラトニン受容体作動薬(例:ラメルテオン)が選択肢になります。
- 服用の可否・タイミングは個別最適化が重要。自己判断での輸入サプリ使用は避け、医師にご相談ください。
4) 睡眠衛生と認知行動療法(CBT-I/CBT-CHRONO)
- 夜の強い光・カフェイン・深夜の激しい運動を避ける
- ベッドは「眠る/親密な時間」以外に使わない(入眠連合を守る)
- 就寝1〜2時間前は画面をオフ、間接照明に
- 就床後20分眠れなければ一度ベッドを出て、静かな行動へ
- 週末の寝だめは1時間以内に留める
- 認知行動療法で「眠れない不安」やリズム維持のコツを獲得
5) 学校・職場の調整(合理的配慮)
- 出席認定の柔軟化、始業時刻の一時的変更、オンライン参加、評価方法の調整など。
- 公式な診断と文書が交渉を助けます。
3日で試せるミニ実験(一次情報)
- Day1:起床時間を「いつもより30分だけ」前に。起床後5分で窓全開、ベランダで深呼吸30秒、白湯1杯、顔を冷水で流す。
- Day2:同じ起床時刻。午前中に15分散歩。夜は就寝90分前に照明を暖色に変更。
- Day3:同じ起床時刻。朝散歩+階段を使う。夜はスマホをリビングに置き「紙の本」10分。
3日連続できたら、体感で「朝の重さ」が1割でも軽くなる方が多いです。できた範囲で十分。続けられる環境設計が勝ち筋です。
体験談:大学生Aさんの再スタート
午前の講義は欠席続き。起きると昼、夜になると頭が冴える——Aさんは「自分は怠け者だ」と落ち込んだ様子で初診に来られました。睡眠日誌とアクチグラフでは自然入眠が3時台、自然起床が11時台。DSPDの所見でした。
- まずは9:30固定起床+朝散歩5分から
- 夜は照明を間接照明に、スマホはリビングに
- ラメルテオンの服用タイミングを相談の上で調整
- 週1のカウンセリングで「できたことメモ」を共有
- 大学には診断書を出し、1限の代替課題を許可
3週間で自然入眠は1:40まで前進、遅刻はゼロに。Aさんは「努力が報われた」と笑顔で卒業研究に戻りました。
※個人が特定されないよう配慮した事例です。
Q&A:よくある質問
Q1. 不眠症とどう違いますか?
A. どちらも睡眠障害ですが、不眠症は「眠りたいのに眠れない苦痛」が中心。一方DSPDは「眠気が来る時刻が遅い」ため、遅い時間なら寝つけます。両者が重なる方もいます。
Q2. 休日に寝だめしてもいい?
A. 最大1時間までが目安。大幅な寝だめは月曜のリズムを崩します。
Q3. 昼寝はあり?
A. 15時までの30分以内を推奨。夕方以降や長時間は夜の入眠を遅らせます。
Q4. スマホはどれくらい影響しますか?
A. 明るい画面+楽しい刺激は強力な「覚醒剤」。就寝90分前から減光・フィルター・置き場所の分離が効果的です。
Q5. 完治しますか?
A. 体質的な夜型傾向は残っても、生活・光・薬物・カウンセリングの組み合わせで「困らないレベル」にコントロール可能です。再発予防の鍵は「起床固定」と「朝の光」です。
Q6. ADHDやうつと関係ありますか?
A. 併存は珍しくありません。集中困難・意欲低下・遅刻が互いに悪循環を作ります。まとめて評価・治療すると改善が早いです。
Q7. 交代勤務でもこの対策が使えますか?
A. 使えますが個別設計が必要。勤務パターンに合わせた光・暗所・仮眠戦略を専門家と検討しましょう。
受診を検討するサイン
- 遅刻・欠席・成績や評価の低下が続く
- 朝の強い抑うつ気分、希死念慮が出る
- 家族関係・職場関係の軋轢が増えている
- 自己流で3週間以上改善しない
心療内科・睡眠専門外来、または臨床心理士等によるカウンセリングを早めにご利用ください。診断と環境調整は「サボり」の免罪符ではなく、「現実的に動ける道具」です。
医師からのメッセージ
夜型は「あなたの怠け」ではありません。体内時計の向きと生活の向きがすれ違っているだけ。私たちの外来でも、できることは“たくさん”あります。朝の光、起床の固定、小さな成功の積み重ね、必要に応じた薬、そして周囲の理解。ひとりで背負わずに、どうか相談に来てください。今日の夜ではなく、「明日の朝」を整えるお手伝いをします。

