ドメスティックバイオレンスと心の回復、最新支援

はじめに

幼少期のDVによるあなたのつらさは、あなたのせいではありません。 心療内科で日々患者さんの声に触れるなかで、「自分が悪いから」「弱いから」とご自身を責める言葉を何度も耳にします。暴力は、どんな理由があっても正当化されません。DVは心と身体に深い影響を与える「健康問題」であり、支援を受ける権利があります。回復は可能です。一歩ずつで大丈夫です。

DVが心にもたらす影響(うつ・不安・PTSD・睡眠・身体症状)

  • 抑うつとうつ病:気分の落ち込み、興味の喪失、罪悪感、集中困難、食欲や睡眠の変化。DV経験者では抑うつ症状が有意に増えることが報告されています[1,2]。
  • 不安障害・過覚醒:些細な物音にも過敏になる、常に緊張している、動悸・息苦しさなどの自律神経症状。
  • PTSD(心的外傷後ストレス障害):フラッシュバック、悪夢、回避、過覚醒。DVはPTSDの主要なリスク要因です。
  • 睡眠障害:入眠困難・中途覚醒・悪夢。睡眠が乱れると日中の集中力、免疫、痛み感受性にも影響します。
  • 身体症状:頭痛、腹痛、慢性疼痛、倦怠感などの心身症状。身体検査で異常が乏しいことも珍しくありません。
  • 妊娠・産後のメンタルヘルス:産前産後のうつ・不安とDVには関連が示されています。母子の安全確保と早期支援がとても大切です。
  • 子どもへの影響:暴力を「見る・聞く・感じる」経験でも、恐怖・不安・学習や睡眠の問題が起きやすくなります。

回復のための医療と心理支援(最新エビデンス)

  • トラウマインフォームドケア:安全・信頼・選択・協働・エンパワメントを重視する支援の姿勢。医療や福祉、学校、職場がこの視点を共有することが、二次被害の予防に直結します。
  • 心理療法(第一選択)
    • 認知処理療法(CPT)・持続エクスポージャー療法(PE):PTSDの中核症状に対して有効性が確立しています。暴力の責任を自分に向けやすい認知の偏りをていねいに修正します。
    • 認知行動療法(CBT):うつ・不安・不眠に対して有効。セルフケアも併用し、生活リズムを整えます。
    • 安全計画と心理教育:暴力のサイクル、ガスライティング、経済的暴力などの概念理解は、自己理解と再発予防の土台になります。
  • 薬物療法(必要に応じて)
    • うつ・不安・PTSDの症状に、抗うつ薬が有効な場合があります。薬は「心の支え」や「睡眠を整える橋」として活用し、効果と副作用を慎重に確認します。
  • 医療と地域の連携(最新支援)
    • DV専門窓口(市区町村の相談、内閣府「DV相談+」の電話・メール・チャットなど)、一時保護・シェルター、法的支援(保護命令、法テラス)、警察・弁護士・医療の三者連携。プライマリケアでの支援体制強化が有効だったエビデンスもあります。
    • オンライン相談・遠隔心理療法:安全を確保しつつ、負担を軽く支援にアクセスできます(遮音・セーフワードの設定など安全配慮は必須)。

安全計画づくりと周囲の支援を受ける方法

  • 安全計画の基本
    • 緊急時は110(警察)/119(救急)。携帯の緊急発信をワンタップでできるよう設定。
    • 信頼できる人(家族・友人・職場)と合言葉を決め、短いメッセージで助けを呼べる手段を確保。
    • 退避先(実家、友人宅、シェルター)、交通手段、予備の現金/ICカード、身分証・保険証・通帳・母子手帳・常用薬のコピーを封筒にまとめ、安全な場所に保管。
    • デジタル安全:位置情報の共有オフ、パスコード変更、ブラウザの履歴対策、別端末やシークレットモードの活用。
  • 相談先の選び方
    • 医療:心療内科・精神科・産婦人科・小児科。症状に合わせて同日に連携できる地域もあります。
    • 行政・専門:自治体のDV相談、配偶者暴力相談支援センター、内閣府「DV相談+」(電話・メール・チャット)、警察の相談窓口。公式サイトから最新情報をご確認ください。
    • 法的:法テラス、弁護士会の無料相談。証拠の保存(日時・内容・写真・診断書)が後の保護に役立ちます。

体験談(仮名)

「夜が怖かった私が、眠れる日を取り戻すまで」 「Aさん(30代女性、仮名)」は、夜になるとドアの音に体が固まり、眠ることができませんでした。受診時、Aさんは「私が怒らせるから悪い」と繰り返していました。初回は安全の確認と不眠への手立て(刺激制御、短期の睡眠薬)から始め、認知行動療法で「暴力の責任は加害者にある」ことを一緒に整理。安全計画を整え、行政窓口と連携し一時保護を経て、週1回のCPTに移行しました。3カ月後、Aさんは「悪夢の回数が減って、朝が来るのが怖くありません」と話してくれました。回復は直線ではありませんが、小さな変化の積み重ねが確かな力になります。

よくある質問(Q&A) 

Q1. DVかもしれないけれど、証拠がありません。受診しても大丈夫? A. 大丈夫です。診察ではまず心身の安全を最優先します。診断や治療は証拠の有無に関わらず行えます。診断書は希望があれば作成でき、後の保護命令や支援の一助にもなります。

Q2. 子どもに見せないようにしているので大丈夫? A. 子どもは音や空気の変化に敏感です。直接見ていなくても影響は生じ得ます。あなたと子どもの安全確保が同時に大切です。

Q3. 薬は一生飲むことになりますか? A. いいえ。必要最小限・必要な期間に限って使います。心理療法と併用し、症状が落ち着けば減薬を一緒に検討します。

Q4. 加害者が通院を嫌がります。黙って受診しても? A. 受診はあなたの権利です。予約方法や連絡手段は安全に配慮して調整できます。オンライン相談を先に活用する方法もあります。

Q5. 男性やLGBTQ+でも支援を受けられますか? A. 受けられます。DVは性別や属性を問いません。多様な背景に配慮した窓口や医療機関をご紹介できます。

受診・相談のすすめと、緊急時の行動

  • こんな症状が続くときは受診を検討してください
    • 2週間以上の抑うつ・不安、眠れない、悪夢・フラッシュバック、職場・学業・育児が続けられない、身体症状が長引く。
  • 受診のコツ
    • 気になる症状と「困っている場面」をメモ。安全に配慮し、同伴者が難しい場合はオンラインや個別連絡を相談。
  • 危険を感じたら
    • ためらわず110(警察)/119(救急)。近隣に助けを求める・安全な場所に退避。行政や「DV相談+」の最新窓口は公式サイトから確認してください。

医師からのメッセージ

あなたは弱くありません。暴力の責任は、あなたにはありません。心の回復は、安心できる関係と小さな成功体験の積み重ねから始まります。私たち心療内科は、症状のケアだけでなく、安全の確保、法的・社会的支援につながる伴走者です。いま感じている息苦しさを言葉にすること、それが最初の一歩です。どうか一人で抱え込まないでください。

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