
ヤングケアラーは、家族の介護や看病、家事の多くを担う子ども・若者です。日々の責任は「やさしさ」や「強さ」を育てる一方で、抑うつ・不安・睡眠障害・腹痛や頭痛などの心身症、学校不適応、孤立などのリスクを高めます。本記事では、心療内科医の立場から、症状の見分け方、原因、エビデンスに基づく治療(認知行動療法、家族支援、カウンセリング、必要時の薬物療法)、医療・福祉・教育の連携までをやさしく解説。受診の目安、体験談、Q&A、信頼できる参考文献(PubMed)も掲載し、今日からできるセルフケアと支援先につながる具体的な道筋をお伝えします。
目次
はじめに―「がんばりすぎているサイン」に気づけていますか
毎日、家族のために台所に立ち、薬を数え、深夜に呼ばれて起きる。授業中ふと意識が遠のき、友だちのLINEに返信する元気もない。「自分がやらなきゃ」と肩に力が入り続ける。ヤングケアラーの方々の診察で、私はそんな日常の断片を何度も聴いてきました。あなたの疲れは「気のせい」ではありません。心と体は同じ方向に疲れていきます。まずは知ることから、一歩ずつ整えていきましょう。
ヤングケアラーに起こりやすい心とからだの症状
- 心のサイン: 抑うつ気分、やる気の低下、イライラ、不安、集中困難、無力感、自己肯定感の低下
- からだのサイン(心身症): 慢性的な頭痛、腹痛(過敏性腸症候群)、吐き気、めまい、食欲・体重の変化、睡眠障害(入眠困難・中途覚醒・過眠)
- 学校・生活の変化: 遅刻・欠席の増加、成績低下、部活や友人関係からの後退、SNSやゲームへの逃避、将来への不安
- 注意すべき赤信号: 「死にたい」「消えたい」といった言葉、自己傷害、極端な不眠・食不振、急な孤立。迷わず受診・相談してください。
体験談(仮名・構成を一部変更)
高2の彩さん(仮名)は、母の持病が悪化し、夜間の看病と家事をこなす日々。朝は起きられず、授業は上の空。腹痛で保健室に通うことが増えました。心療内科でお会いした時、彩さんは「弱音はダメ」と自分に言い聞かせていました。私たちはまず、彩さんの「やってきたこと」を一緒に言葉にしました。診断は抑うつ状態と機能性消化管障害(心身症)。学校と連携し、提出物の調整と保健室登校を選択。認知行動療法で「全部自分でやらなきゃ」という考え方をほぐしつつ、母の主治医・地域包括支援センターと一緒に介護サービスも再設計。3か月後、彩さんは「眠れるようになって、少し笑える時間が戻ってきた」と話してくれました。
なぜ起きる?—原因の背景
- 慢性的ストレス: 予測不能な呼び出し、責任感、睡眠不足が脳と自律神経を疲弊させます。
- 役割の重なり: 学業・進路と「介護者の役割」が二重にのしかかります。
- 孤立: 家庭の事情を説明しづらく、支援や相談が遅れがちに。
- 親の病気への心配: 病状の波が不安を高めます。
- 家族機能の偏り: 「良い子役割」を背負い続けることで、自分のニーズを後回しにしがち。
心療内科ができること(医療・福祉・教育の連携を含めて)
- 丁寧なアセスメント
- 心身症状、睡眠、食事、学校状況、家庭内役割、支援資源(親の主治医、ケアマネ、学校、自治体)を整理。必要に応じ血液検査や身体診察で鑑別(起立性調節障害、甲状腺、貧血、てんかんなど)。
- 心理療法
- 認知行動療法(CBT):不安・抑うつ・不眠に対して強いエビデンス。ストレス記録、行動活性化、問題解決スキル、睡眠衛生を個別化。
- 家族支援・心理教育:家庭内の役割分担を見直し、外部サービス導入を伴走。
- マインドフルネス・セルフコンパッション:自責や過緊張の緩和に有効。
- 薬物療法(必要な場合)
- 中等度以上の抑うつや不安障害では、年齢や症状に応じてSSRIなどを慎重に検討。心理療法と併用で効果が高まることがあります。副作用は丁寧に説明しモニタリング。
- 学校との連携
- 医療情報提供書で、課題・出席・試験の合理的配慮を調整。保健室・別室登校や分割提出などを提案。
- 社会資源へのつなぎ
- 自治体のヤングケアラー相談窓口、子ども家庭支援センター、ケアマネ、地域包括支援センター、訪問看護、ヘルパー、家族会、金銭的支援の活用を同行支援。
エビデンス—研究が示すこと
- 慢性疾患の親をもつ子どもは、問題行動や抑うつのリスクが有意に高い(メタ分析)。家族支援と心理的介入の重要性が示唆されます。 引用: Sieh DS, Meijer AM, et al. Problem behavior and depressed mood in children of chronically ill parents: a meta-analysis. Clin Child Fam Psychol Rev. 2010. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20640510/
- 子ども・思春期の不安障害に対するCBTの有効性が高い(Cochraneレビュー)。 引用: James AC, James G, et al. Cognitive behavioural therapy for anxiety disorders in children and adolescents. Cochrane Database Syst Rev. 2015. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16235374/
- 小児の慢性・反復性疼痛(頭痛・腹痛など)には心理療法(CBTなど)が有効。 引用: Eccleston C, Palermo TM, et al. Psychological therapies for the management of chronic and recurrent pain in children and adolescents. Cochrane. 2014. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24796681/
- 思春期うつにおけるCBTと薬物療法併用の有効性(TADS研究)。 引用: March J, Silva S, et al. Fluoxetine, cognitive-behavioral therapy, and their combination… JAMA. 2004. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15315995/
受診の目安—こんな時は心療内科へ
- 2週間以上つづく抑うつ・不安・不眠・食欲低下
- 学校やバイトに行けない、成績の急激な低下
- 頭痛や腹痛が頻回で日常生活に支障
- 「消えたい」「死にたい」気持ち、自己傷害がある
- 家族の病状悪化に伴い、介護負担が急増した 早めの受診が回復を速めます。初診では、今の生活と困りごとをそのまま教えてください。うまく話せなくても大丈夫です。
よくある質問(Q&A)
Q1. 介護をやめるのは裏切りですか? A. いいえ。あなたの健康を守ることは「家族を守るための必要条件」です。役割の再設計は愛情の放棄ではありません。
Q2. 受診すると学校や家族に知られますか? A. 原則として医療情報は守られます。共有が必要な時は、同意の範囲で最小限に連携します。
Q3. 薬は必ず必要ですか? A. 多くは心理療法と環境調整が第一選択です。必要な場合に限り、年齢・症状に合わせて慎重に使います。
Q4. お金の心配があります。 A. 各種助成や福祉サービスがあります。自治体や学校の相談窓口も活用しましょう。
Q5. 親の病気を友だちに話すべき? A. 安心できる相手に、話したい範囲だけで構いません。伝え方の練習をカウンセリングで一緒に考えられます。
Q6. オンライン通院やカウンセリングは可能? A. 医療機関によっては対応可能です。通院が難しいヤングケアラーに有用です。
Q7. 今すぐできるセルフケアは? A. 睡眠の固定(就寝・起床時刻の一定化)、10分の深呼吸・ストレッチ、1日1つ「自分のための行動」を入れる。小さな回復が積み重なります。
支援につながる小さなステップ
- 学校のスクールカウンセラー・養護教諭に現状を一言伝える
- 自治体のヤングケアラー相談・子ども家庭支援センターへ電話やメール
- 親の主治医・ケアマネと「介護の再設計」を相談
- 心療内科・精神科で初診予約(オンライン可の有無も確認)
医師からのメッセージ
あなたが背負ってきた重さは、数字では測れません。強くあろうとするほど、涙は奥にしまわれがちです。医療は、あなたの「がんばり」を否定せず、ほどいて、分け合うためにあります。遠慮せず助けを求めてください。心療内科は、あなたと家族の両方を見ながら、現実的な解決策を一緒に探します。今日の一歩が、明日の呼吸を少し楽にします。
引用文献(PubMed)
- Sieh DS, Meijer AM, Oort FJ, Visser-Meily JMA, Van der Leij DA. Problem behavior and depressed mood in children of chronically ill parents: a meta-analysis. Clin Child Fam Psychol Rev. 2010;13(4):384-397. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20614185/
- James AC, James G, Cowdrey FA, Soler A, Choke A. Cognitive behavioural therapy for anxiety disorders in children and adolescents. Cochrane Database Syst Rev. 2015;(2):CD004690. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25924636/
- Weisz JR, Kuppens S, Ng MY, et al. What five decades of research tells us about the effects of youth psychological therapy: A multilevel meta-analysis and implications for science and practice. Am Psychol. 2017;72(2):79-117. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28333567/
- Eccleston C, Palermo TM, Williams AC, Lewandowski Holley A, Morley S, Fisher E, Law E. Psychological therapies for the management of chronic and recurrent pain in children and adolescents. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(5):CD003968. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24574061/
- March J, Silva S, et al. Fluoxetine, cognitive-behavioral therapy, and their combination for adolescents with depression (TADS). JAMA. 2004;292(7):807-820. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15315995/