
目次
はじめに:ポジティブ信仰に、疲れていませんか
「もっと前向きにならなきゃ」
「ネガティブな自分はダメだ」
心療内科の外来でも、こう話す患者さんは本当に多くいます。
ですが、診察室で私がお伝えする答えは、たいていこうです。
「前向きになれないあなたは、すでに充分頑張っています」
ポジティブになれないのは、性格の弱さではありません。
脳と心と体のエネルギーがすり減っているサインであり、「しっかり休んでください」という身体からの大切なメッセージです。
ポジティブになれないのは「甘え」ではなく、症状かもしれない
よくある勘違い
- 「気合いが足りないだけ」
- 「みんな頑張っているのに、自分だけ弱い」
- 「メンタルが弱いから落ち込みやすい」
診療の場で、こう自分を責めている方の多くは、医学的に見ると次のような状態が隠れていることがあります。
心療内科でよく見る背景
- うつ病・うつ状態
- 適応障害(仕事や人間関係のストレスによる不調)
- 不安障害・パニック障害
- 自律神経失調症
- HSP(繊細な気質)
- 発達特性(ASD、ADHD)による生きづらさ
- 慢性的な睡眠不足・過労・バーンアウト症候群
これらの状態になると、脳の中のセロトニンやノルアドレナリンなどの「心のエネルギー」を整える物質がうまく働きません。
その結果、
- 何をしても楽しく感じにくい
- 将来のイメージが真っ暗に見える
- ちょっとしたことでクヨクヨしやすい
といった、「ポジティブになれない状態」が続きます。
これは、性格の問題ではなく、「症状」です。
「ポジティブになれない自分」を、まず褒めてみる
自分を責めている人ほど、実はものすごく頑張っている
心療内科に来られる方を見ていると、
「自分はダメだ」と言う人ほど、実は
- 仕事を人一倍引き受けている
- 家族のために自分を後回しにしてきた
- 期待に応えようと、限界まで頑張ってきた
ということがほとんどです。
そんな方には、診察室でこんな問いかけをします。
「もし、同じ状況の友達がいたら、その方にも『ポジティブになれないお前はダメだ』と言うのでしょうか?」
多くの方が、そこでハッとしたような表情になる方もいらっしゃいます。
今日からできる「自分を褒める」練習
いきなり大げさに褒める必要はありません。
次のような、小さな一歩からで構いません。
- 「朝、起きられた自分、えらい」
- 「会社(学校)に行っただけで十分すごい」
- 「今日はちゃんと休めた、自分を守れた」
もし声に出すのが気恥ずかしければ、
メモ帳やスマホのメモアプリに、1日1つだけでも書いてみてください。
「ポジティブになれない自分」=「すり減りながらも、踏ん張ってきた自分」
そう言い換えてあげるだけでも、心の負担は少し軽くなります。
実際の体験談①「ポジティブになれない自分を責め続けていた会社員のAさん」
※個人が特定されないように、一部内容を修正しています。
Aさんのケース
- 30代・男性・会社員
- 仕事は真面目で責任感が強いタイプ
- 人から頼まれると断れず、残業続き
- 半年前から「眠れない」「朝起きるのがつらい」「休日も楽しめない」
Aさんは、診察室でこう話してくれました。
「周りは前向きに頑張っているのに、自分だけ気持ちがついていかない。
ポジティブになれない自分が、本当に情けないんです」
診察と問診、簡単な心理検査の結果、Aさんは「うつ状態」と「適応障害」が疑われました。
一緒に行ったこと
- 睡眠と生活リズムの調整
- 抗うつ薬・抗不安薬の少量からの導入
- カウンセリングで、「断れないパターン」や「完璧主義」を一緒に整理
- 仕事量の調整について、産業医とも連携
治療を続けて3か月ほど経つと、Aさんがこんなことを話してくれました。
「前みたいに『なんでポジティブになれないんだ』って、自分を責める回数が少し減りました。
先生に『ここまでよく頑張ってきましたね』と言われた時、初めて自分を褒めてもいいのかもしれないと思えました」
ポジティブになれたから良くなったのではありません。
「ポジティブになれない自分」を責めることをやめたことで、回復の土台が整っていったのです。
実際の体験談②「SNSのポジティブ投稿に疲れたBさん」
Bさんのケース
- 20代・女性・大学生
- SNSが好きで、「自己肯定感」「引き寄せ」「ポジティブシンキング」の発信をよく見ていた
- ある時期から、SNSを見るたびに苦しくなり、涙が止まらなくなることが増えた
「みんな前向きでキラキラしているのに、自分だけ取り残されていくような感じがするんです」
診察とカウンセリングの中で見えてきたのは、
- 幼い頃から「いい子」でいることを求められてきた
- 辛いと感じる自分を見せるのがこわい
- SNSの「ポジティブさ」と自分を、常に比べ続けてしまう
という背景でした。
一緒に取り組んだこと
- SNSとの距離を少しずつ調整(完全にやめるのではなく、「見る時間」を短縮)
- 「辛さを感じる自分」をノートに書き出すジャーナリング
- 自分を責める言葉を、「友達にかける言葉」に置き換える練習
- 必要に応じて、抗不安薬を頓服で使用
Bさんは、数か月の通院とカウンセリングを通して、こう話してくれました。
「今でも、めちゃくちゃポジティブにはなれていません。
でも、『ポジティブじゃない自分はダメだ』と思う回数が減ってきて、
少しだけ息がしやすくなった気がします」
「病気かどうか」の目安と、受診を考えたほうがよいサイン
「これってただの甘え? それとも病気?」
これもよく受ける質問です。
あくまで目安ですが、次のような状態が2週間以上続く場合、
心療内科・メンタルクリニックへの受診をおすすめします。
こんなサインは、早めに相談を
- 朝、起き上がるのがつらく、仕事・学校に行けない日が増えた
- 好きだったことに興味が持てない/楽しめなくなった
- 眠れない、または眠りすぎてしまう
- 食欲が極端に落ちた/増えた
- 漠然とした不安や焦りが一日中続く
- 急に動悸・息苦しさ・めまい・手の震えが出る(パニック発作の可能性)
- 「消えてしまいたい」「いなくなりたい」と考えることが増えた
これらは、うつ病・不安障害・自律神経失調症・適応障害などのサインの可能性があります。
自己判断で我慢し続けるよりも、一度専門家の評価を受けた方が安全です。
心療内科やカウンセリングを受けるメリット
1. 「今の状態」が病気なのか、ストレス反応なのかがわかる
- 自分の状態に名前がつくだけで、ホッとする方は多くいます。
- 診断は「ラベル」ではなく、「適切なケアにつなげる地図」のようなものです。
2. 科学的根拠のある治療(薬物療法・心理療法)が選べる
- 抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬などを、状態に合わせて検討します。
- 認知行動療法やマインドフルネスなどの心理療法も有効です。
3. 「がんばりすぎてきた自分」を、一緒に整理できる
- カウンセリングでは、これまでの生き方・価値観・我慢のパターンを、一緒に丁寧にほどいていきます。
- 「どう生きるか」の選択肢が、少しずつ増えていきます。
Q&A形式でよくある疑問に答えます
Q1. 受診するほどではない気もします。それでも行っていいのでしょうか?
A. 「受診するほどかな?」と迷った時点で、一度相談してみて構いません。
重症でなくても、早い段階で生活改善やカウンセリングを始めることで、悪化を防げることが多くあります。
心療内科は「人生が壊れそうになった人だけ」が行く場所ではなく、「少し心配になった時に相談できる場所」です。
Q2. 薬にはできれば頼りたくないのですが…
A. そのお気持ちは、とてもよくわかります。
薬物療法は「必須」ではなく、「選択肢の一つ」です。
- 状態によっては、薬を使わずに生活改善・心理療法だけで回復するケースもあります。
- 一方で、重いうつ病や強い不安症状がある場合、薬を併用した方が回復が早く、再発予防にもつながります。
診察では、副作用やメリット・デメリットを丁寧に説明し、患者さんご本人と相談しながら決めていきます。
Q3. どんな心療内科・メンタルクリニックを選べばいいですか?
A. 次のポイントを目安にしてみてください。
- ホームページで医師の専門分野や経歴が明記されている
- あなたの病名や症状がクリニックの対象疾患・対象症状になっているか
- カウンセラー(公認心理師・臨床心理士)が在籍しているか
- 「うつ病」「不安障害」「適応障害」「パニック障害」など、関心のある症状について情報発信しているか(E-E-A-Tの一部になります)
不安であれば、初診の予約をする前に、電話やメールで質問してみるのも一つの方法です。
Q4. カウンセリングと心療内科の違いは?
A. 大きくは次のような違いがあります。
- 心療内科・メンタルクリニック
- 医師(精神科医・心療内科医)が診断・治療を行う
- 薬物療法を含めた総合的な治療が可能
- 保険適用の診察が多い
- カウンセリングルーム
- 公認心理師・臨床心理士が心理療法・心の整理をサポート
- 薬の処方はできない
- 自由診療(自費)の場合が多い
併用することで、より効果的に回復をサポートできるケースも多くあります。
「ポジティブじゃなくても、生きていていい」
ポジティブな言葉が飛び交う現代は、一見明るく見えますが、
「いつも前向きでいなければならない」というプレッシャーも強くなっています。
でも、人はそんなに強くありません。
- ネガティブな日があっていい
- 何もしたくない日があっていい
- 誰かに頼ってもいい
「ポジティブになれない自分」を、まず責めるのではなく、
「そこまで頑張ってきたんだね」と、そっと抱きしめてあげてください。
そして、必要であれば、心療内科やカウンセリングという専門的なサポートも、あなたの味方につけてください。
医師からのメッセージ
最後に、心療内科医として、あなたにお伝えしたいことがあります。
いま、この記事をここまで読んでくださった時点で、
あなたはもう「自分を大切にしたい」と静かに決意しはじめています。
それは、とても大きな一歩です。
ポジティブになれない日があっても、
人をうらやましく感じてしまっても、
心が真っ暗に思える瞬間があっても、
それでも、あなたには「楽になってもいい権利」があります。
苦しさを抱えながら生きてきた時間は、決して無駄ではありません。
どうか一人で抱え込まず、必要であれば、近くの心療内科やメンタルクリニック、信頼できるカウンセラーに相談してみてください。
「話してみる」こと自体が、立派な治療の一歩です。
「ポジティブになれない自分」を、今日から少しずつ、褒めてあげられますように。

