
仕事、人間関係、家族、将来への不安。手放したいのに、頭から離れない考えや感情に、心がすり減っていませんか。
この記事では、タンポポの綿毛をヒントに「執着しない力」を一緒に考えます。
心療内科医として、うつ状態、不安障害、適応障害、HSP傾向の方と向き合ってきた経験をふまえ、
- なぜ「手放せない」のか
- どうすれば「風に身を任せる」ように生きられるのか
- 通院やカウンセリングがどんな助けになるのか
を、体験談やQ&A形式も交えながら、やさしく解説します。
「頑張りすぎて疲れてしまった心」が、少しだけ軽くなることを願って書いたブログです。
目次
タンポポの綿毛に「心」を重ねてみる
春先、歩道のわきでフワッと飛んでいくタンポポの綿毛を、立ち止まって見たことはありますか。
根も、荷物も、予定も持たず、ただ風に運ばれていくその姿は、どこか自由で、少しうらやましく感じるかもしれません。
診療室でお会いする患者さんの多くが、こう話されます。
- 手放したいのに、考えが頭から離れない
- もう限界だと分かっているのに、仕事をやめられない
- 終わった恋愛なのに、心だけそこに置き去りになっている
私たちは、タンポポの綿毛のように「軽く」なりたいのに、心はたくさんの「重さ」を抱え込みがちです。
この「重さ」の正体が、心理学でいう「執着」にあたります。
ここから先は、心療内科医としての専門的な視点と、実際の臨床現場で感じてきたことを交えながら、「執着しない力」を一緒にひもといていきます。
執着は悪者ではない ただ「疲れさせる」ことがあるだけ
まずお伝えしたいのは、執着そのものは「悪いもの」ではない、ということです。
- 目標に向かって粘り強く努力できる
- 人を大切にし続けることができる
- 仕事や家族への責任感を持てる
これらも、広い意味では「執着」の力です。
問題になるのは、執着が「自分を守る力」から「自分を傷つける力」に変わってしまったときです。
こんなサインはありませんか
- 夜、布団に入っても同じことを何度も考えてしまい、眠れない
- 仕事のミスが頭から離れず、休日も気持ちが休まらない
- 「べき」「ねばならない」が口ぐせになっている
- 頭痛、胃痛、動悸、息苦しさなど身体症状が続いているのに、我慢している
これらは、うつ病、不安障害、適応障害、自律神経失調症など、心療内科でよくみられる症状の一部です。
「気合い」や「根性」の問題ではなく、脳と心と身体のバランスの問題として、きちんと扱うべきサインです。
なぜ「手放せない」のか 脳と心のメカニズム
執着が強くなる背景には、いくつかの共通したパターンがあります。
1. 不安に敏感な脳の状態
ストレスが続くと、自律神経とホルモンのバランスが乱れ、脳が不安に反応しやすいモードになります。
その結果、
- 最悪のケースばかり想像する
- 過去の失敗を何度も再生してしまう
- 人の表情や言葉に過敏に反応する
といった状態になりやすくなります。これは、うつ病や不安障害、PTSD、HSP傾向の方に多く見られる脳の反応です。
2. 「いい人でいなければ」という思い込み
真面目で優しい人ほど、こうした心のクセを抱えやすいものです。
- 迷惑をかけてはいけない
- 頼まれたら断ってはいけない
- 役に立てない自分には価値がない
心療内科の臨床では、このような「スキーマ」や「ビリーフ」と呼ばれる深い信念が、執着の核になっていることが多くあります。
3. 過去のつらい経験
いじめ、虐待、過干渉、過度な期待、失恋、離婚、家族の病気や死別。
こうした経験は、心に「見えない傷」を残します。
- また同じことが起きるのでは
- あのとき、こうしていればよかったのに
という思いが、無意識のうちに執着となって心に居座ることがあります。
トラウマ関連障害や複雑性PTSDでは、特にこうした傾向が強く表れます。
タンポポの綿毛に学ぶ「執着しない力」とは
では、「執着しない力」とは、具体的にどのような力なのでしょうか。
それは「何もかも諦めて、投げ出す力」ではありません。
執着しない力 = 「選んで持つ力」と「手放す勇気」
タンポポの綿毛は、風の流れに逆らっていないだけで、決して「無力」ではありません。
根から栄養をもらい、タイミングが来たからこそ、ふわりと飛び出していきます。
心の世界で言えば、
- 今の自分にとって本当に大切なものだけを「選んで持つ」
- 役目を終えたものは、感謝とともに「手放す」
この2つができる状態が、「執着しない力」です。
これは、マインドフルネスやACT療法(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)、認知行動療法など、現代の精神医療や心理療法の重要なテーマでもあります。
体験談: 「手放したら、怖いほど楽になった」30代女性のケース
※個人情報保護のため、一部内容を変えたフィクションを含むケースです。
残業続きの毎日から、ベッドから起き上がれなくなるまで
30代後半の女性Aさん。大手企業で働く、まじめで優秀な方でした。
「リモートワークになってから、オンオフの区別がつかなくなった」と、初診の日にゆっくりと話し始められました。
- 職場のチャットにすぐ返信しないと申し訳ない
- 上司からの期待を裏切りたくない
- チームの負担を減らしたい
そんな思いから、気づけば深夜までパソコンの前に座り、休日もメールチェックを欠かさないようになっていました。
数ヶ月後、身体が先に限界を迎えます。
- 朝になると、身体が鉛のように重い
- 会社のことを考えるだけで吐き気がする
- 涙が止まらず、電車に乗れない
Aさんは、ようやく心療内科を受診する決心をされました。
「頑張り続けること」への執着
診察で詳しくお話を伺うと、
- 子どもの頃から「期待される良い子」であろうとしてきたこと
- 家族の経済状況が厳しく、「迷惑をかけてはいけない」と感じていたこと
- 「結果を出せない自分には価値がない」と深く信じていたこと
が少しずつ見えてきました。
「仕事を休むのは、甘えなんでしょうか」
Aさんは、涙をこらえながら、そう尋ねられました。
私は、「いいえ、甘えではありません。むしろ、今まで頑張りすぎてきた結果です」とお伝えしました。
少しずつ「執着」を手放していくプロセス
治療は、
- うつ状態に対する薬物療法(必要最小限の抗うつ薬)
- 休職の調整と、主治医意見書の作成
- 認知行動療法的アプローチを取り入れたカウンセリング
を組み合わせて進めました。
カウンセリングの中で、Aさんはこんなことに気づいていきます。
- 仕事を休んでも、世界はちゃんと回り続ける
- 「いつも完璧でいる必要はない」
- 自分が倒れたら、かえって周りに迷惑がかかる
数ヶ月後、Aさんはこう話してくれました。
「仕事を『全部抱え込むこと』への執着を手放したら、怖いくらい楽になりました。
それでも、私が職場に必要とされていることは変わらなかったんです」
タンポポの綿毛が、ある日ふっと風にのるように。
Aさんもまた、自分の「手放していいもの」と「大切に持ち続けたいもの」を、選び直していかれました。
Q&A形式で考える「執着しない生き方」と心療内科
Q1. 執着しないって、「あきらめること」ですか
A
いいえ、あきらめとは少し違います。
- あきらめる: 「どうせ無理だ」と可能性ごと手放してしまうこと
- 執着しない: 「自分では変えられないもの」だけを手放し、「変えられるもの」に集中すること
たとえば、過去の出来事は変えられませんが、「これからの自分のあり方」は変えることができます。
その見極めを手伝うのが、カウンセリングや心理療法の大切な役割です。
Q2. 自分でなんとかできませんか 心療内科に行くのは抵抗があります
A
「まだ大丈夫」「自分で何とかしなければ」と思い続けて、限界を超えてから来院される方は、本当に多いです。
- 不眠が続いている
- 食欲が落ちた、もしくは過食ぎみ
- 職場や学校に行くのがつらい
- 趣味や好きだったことに興味がわかない
- 朝起きられず、遅刻や欠勤が増えている
こうした症状が2週間以上続く場合は、一度心療内科やメンタルクリニックを受診する目安と考えてください。
診断書が必要な場合や、産業医・上司との連携が必要なケースでも、医師がサポートできます。
Q3. カウンセリングではどんなことをするのですか
A
カウンセリングでは、単に「話を聞くだけ」ではありません。
- 自分の考え方のクセを一緒に整理する(認知行動療法)
- 「手放せない思考」と安全な距離をとる練習(マインドフルネスやACT)
- 過去のトラウマ体験を、今の自分の視点からゆっくりと整理する作業
- 日常生活のリズムや、ストレス対処法を一緒に見直す
などを、患者さんのペースに合わせて行っていきます。
心理士や精神保健福祉士などの専門職と連携しながら、チームで支えることも、現代の心療内科では一般的になっています。
Q4. 薬はできるだけ飲みたくないのですが…
A
薬に対して不安を持つ方は、とても多くいらっしゃいます。
- 依存してしまうのでは
- 性格が変わってしまうのでは
- 一生飲み続けないといけないのでは
診療では、こうした不安を一つひとつ丁寧に説明し、患者さんと相談しながら治療方針を決めていきます。
現代の心療内科では、
- 必要なときに
- 必要な量だけ
- 必要な期間だけ
薬を使う、という考え方が基本です。
薬物療法だけに頼るのではなく、カウンセリングや生活リズムの調整、職場・学校との連携などを組み合わせる「統合的な治療」が推奨されています。
「執着しない」を支える、心療内科・カウンセリングの役割
タンポポの綿毛が、自分の力だけで飛んでいるわけではないように、
「執着しない力」も、決して一人で身につけなければならないものではありません。
心療内科やメンタルクリニック、カウンセリングルームは、
- 今の自分の心の状態を客観的に評価してもらえる場所
- 脳と心と身体のバランスを、医学・心理学の両面から整える場所
- 安心して弱音を吐ける、「安全基地」になりうる場所
でもあります。
自分一人では「これ以上、何をどうすればいいのか分からない」と感じているとき、
医療やカウンセリングは、風の向きや強さを一緒に見極める「風見鶏」のような役割を果たしてくれます。
今日からできる、小さな「執着手放し」ワーク
最後に、通院やカウンセリングと並行して、自宅でできる簡単なセルフケアをひとつご紹介します。
夜の3分「綿毛ノート」
- ノートを一冊用意する(メモ帳でも可)
- 寝る前に3分だけ時間をとる
- その日に「手放したいこと」を1つだけ書く
- 例: 明日の会議の不安を、今は手放す
- その下に、「今できる具体的な行動」を1つだけ書く
- 例: 資料の確認はここまでできたので、あとは明日の自分に任せる
- 最後に「今日はここまでで十分」と書いてノートを閉じる
このワークは、マインドフルネスや認知行動療法のエッセンスを取り入れた、小さな「心の儀式」です。
不安や後悔を完璧に消すことはできませんが、「今、ここ」に戻る練習として役立ちます。
もちろん、これだけでつらさが消えるわけではありません。
もし、このワークをしてみても苦しさが変わらない場合は、「セルフケアだけでは限界」というサインかもしれません。
遠慮なく、心療内科やカウンセリングに頼ってください。
医師からのメッセージ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もしかすると今、あなたはかなり疲れているのに、「まだ頑張れるはず」「これくらいで弱音を吐いてはいけない」と、自分を叱咤し続けているのかもしれません。
心療内科医として、多くの患者さんと向き合ってきて感じるのは、
「限界まで頑張ってから受診する方が、本当に多い」ということです。
タンポポの綿毛は、自分で「飛ぶタイミング」を選べません。
けれど私たちは、「誰かに相談するタイミング」を自分で選ぶことができます。
- 仕事を休むことも
- カウンセリングを受けることも
- 心療内科に通院することも
決して「負け」ではありません。
むしろ、自分の人生をこれからも続けていくための、大切な「戦略」と言えます。
執着を手放すことは、自分をあきらめることではなく、
「自分の心と身体を、これからも大切にしていく」という、静かな決意です。
もし今、「ひとりではしんどい」と感じているなら、どうか一度、専門家の扉をたたいてみてください。
あなたの綿毛が、少しでも軽く、優しい風に乗れますように。

