
目次
はじめに 「前向きに考えなきゃ」がしんどいあなたへ
診察室でよく聞く言葉があります。
- もっとポジティブに考えないとダメですよね
- ネガティブに考える自分が嫌です
- 感謝が足りないから、落ち込むんですよね
こうした言葉を口にする方の多くは、とてもまじめで、周りの人を思いやれる方です。
むしろ、まじめさや責任感の強さゆえに、自分を責めすぎてしまっていることが少なくありません。
この記事は
- ポジティブ思考に疲れてしまった方
- 自己肯定感が低く、自分を責めがちな方
- ネガティブな感情が強く、不安やうつの症状が続いている方
- 心療内科やカウンセリングに興味はあるが、一歩が踏み出せない方
に向けて、心療内科医としてお伝えしたい内容をまとめました。
ネガティブ感情は「悪者」ではない
まず最初にお伝えしたいのは、ネガティブな感情は、決して「性格の弱さ」ではないということです。
- 不安
- 怒り
- 悲しみ
- 緊張
- 落ち込み
これらは、もともと人間が身を守るために持っている、自然な反応です。
ネガティブ感情の役割
- 不安
- 危険から身を守る「ブレーキ」の役目
- 怒り
- 不公平や理不尽から自分を守るサイン
- 悲しみ
- 失ったものを受け止め、次に進むための時間を確保する働き
- 緊張
- 大事な場面に集中するための準備反応
問題になるのは、これらの感情そのものではなく
- 強さが強すぎる
- 頻度や持続時間が長すぎる
- 日常生活に支障が出ている
といった状態です。
ここから先は、ネガティブ感情と上手に付き合うために、医学的な視点と実際の臨床経験を交えながらお話します。
「ポジティブでいなければ」が生む二次的なつらさ
最近のSNSや自己啓発では、ポジティブ思考、自己肯定感、前向きなマインドセットといったキーワードが多く取り上げられます。
それ自体が悪いわけではありませんが、次のような「副作用」が出ることがあります。
- 落ち込んでいる自分を「ダメだ」と感じてしまう
- 悩みを打ち明けると「もっと感謝しなよ」と言われて余計に苦しくなる
- ネガティブな感情を感じた瞬間に「こんなこと考えたらよくない」と自分を責める
これを、心理学では「感情に対する評価」がさらに苦しみを増やす状態と説明します。
自分の感情を二重に責めてしまう仕組み
- 仕事でミスをして、落ち込む(一次感情)
- 落ち込む自分を「弱い」「価値がない」と責める(二次感情)
この「二次感情」が積み重なると、うつ病や適応障害、不安障害などのリスクが高まります。
もしかして心療内科レベルかもしれない「サイン」
ネガティブ感情は誰にでもありますが、医療的なサポートが必要になる場面もあります。
次のような状態が2週間以上続く場合は、心療内科やメンタルクリニックの受診を検討してほしいサインです。
- 朝起きるのがつらく、仕事や学校に行けない日が増えてきた
- 不安や頭の中のぐるぐるが止まらず、寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める
- 食欲が急に落ちた、または過食が続く
- 好きだったことに興味がわかない、何をしても楽しくない
- ミスが増え、集中力が続かない
- 些細なことで涙が出る、イライラが抑えにくい
- 「いなくなりたい」と思う瞬間が増えた
これらは、うつ病、不安障害、適応障害、パニック障害などでよく見られる症状です。
ネット上にも多くの情報がありますが、自己診断に頼りすぎず、一度専門家に相談してみてください。
ネガティブ感情との付き合い方1
「消す」のではなく「スペースを広げる」
ポジティブ思考の落とし穴は、「ネガティブな感情をゼロにしよう」としてしまうことです。
現実的には、ネガティブ感情をゼロにすることはできません。
ここで役に立つ考え方が、認知行動療法やマインドフルネスでよく使われる
- 感情をコントロールしようとしすぎない
- 今ある感情に「スペース」を作る
というイメージです。
具体的なステップ
- 感情に名前をつける
- 今、不安を感じているな
- 怒りがあるな
- 寂しさがあるな
- 自分にこう声をかける
- 不安になって当然だよな
- これだけ頑張ってきたんだから、落ち込むのは自然な反応だ
- できれば、紙に書き出す
- 頭の中だけで考えると「ぐるぐる思考」になりやすい
- 言語化することで、感情との距離が少しだけ取れる
これは「感情の受容」と呼ばれる方法で、近年の心理療法でもよく用いられています。
ネガティブ感情との付き合い方2
認知行動療法の考え方を日常に取り入れる
うつ病や不安障害、パニック障害などの治療でよく使われるのが、認知行動療法です。
特別なことをしなくても、日常生活に少しずつ取り入れることができます。
よくある「思考のクセ」
- 0か100かで考えてしまう
- 少しミスをすると「自分は全部ダメだ」と思ってしまう
- 過度の一般化
- 一度や二度、うまくいかなかったことで「どうせうまくいかない」「いつもうまくいかない」と決めつける
- 自分への過剰な責任感
- 起こった問題のすべてを「自分のせい」と考える
書き出しワークの例
紙を縦に3つに折り、次のように書きます。
- 左: 起こった出来事
- 真ん中: そのとき浮かんだ考え
- 右: もっと現実的な考え
例として
- 出来事
- 上司に資料の一部を指摘された
- 浮かんだ考え
- 自分は仕事ができない
- きっと嫌われた
- 現実的な考え
- 指摘されたのは一部分だけだった
- 上司は仕事の質を上げようとしてくれている可能性もある
- 他の部分はむしろ「よくできている」と言ってもらえた
こうした「思考の見直し」を繰り返すことで、ネガティブ感情の波に飲み込まれにくくなります。
心療内科やカウンセリングでは、医師や心理士と一緒に、もう少し体系立てて行っていきます。
体験談
「ポジティブ信仰」に疲れたAさんのケース
※個人が特定されないよう、内容は修正・再構成しています。
20代後半のAさんは、真面目で優秀な会社員でした。
SNSやビジネス書で「ポジティブ思考」「自己責任」「成功マインド」といった言葉に影響を受け、毎日を必死に頑張っていました。
しかし、次第に
- 仕事で小さなミスをしただけで強い自己嫌悪に落ちる
- 友人に悩みを話すと「もっと前向きに考えなよ」と言われ余計に落ち込む
- 夜になると「このままではダメになる」という不安で眠れない
といった状態が続き、心療内科を受診されました。
診察と心理検査の結果
- 軽度のうつ状態
- 不安症状
- 生まれつきの感受性の強さ(いわゆるHSP傾向)
などがわかりました。
Aさんには
- まずは睡眠の質を整えるための治療
- ネガティブな感情を「なくす」のではなく「扱い方を変える」カウンセリング
- 認知行動療法をベースにした思考の整理
をすすめました。
数か月後、Aさんは
- 無理にポジティブになろうとするのをやめ
- 嫌な感情があっても「今はそう感じているんだな」と受け止め
- 必要なときには会社の産業医やカウンセラーにも相談する
というスタイルに変わっていきました。
Aさんの言葉が印象的でした。
- ネガティブな自分を無理に直そうとしなくなってから、かえって前より動けるようになりました
Q&A よくあるご相談
Q1. ネガティブ思考は「治さないといけない」のでしょうか
A. 完全に変える必要はありません。
ネガティブな視点には
- リスクを事前に察知できる
- 慎重に物事を進められる
という大切な役割もあります。
ただし
- 自分を過度に責める
- 将来を必要以上に悲観する
- 行動そのものができなくなる
といったレベルの場合には、心療内科やカウンセリングで「思考のクセ」の見直しをすることをおすすめします。
Q2. 自分が心療内科に行くほどなのか分かりません
A. 「そこまでひどくないからまだ行くような状態ではない」と思われる方はとても多いです。
しかし実際には
- 早めに相談した方が、治療期間も短くすむ
- 病名がつくかどうかにかかわらず、今のしんどさを一緒に整理できる
というメリットがあります。
一般的な目安としては
- つらさが2週間以上続いている
- 仕事・学業・家庭生活に支障が出てきた
- 自分一人ではどうしたらいいか分からない
- 相談できる相手がいない
- これからもっとストレスが増えそう
と感じる場合には、一度受診を検討してもよいタイミングです。
Q3. カウンセリングと心療内科はどう違うのですか
A. 大まかには次のような違いがあります。
- 心療内科・メンタルクリニック
- 医師が診察を行う
- 必要に応じて薬物療法や休職の診断書なども対応
- うつ病、不安障害、パニック障害、適応障害などの診断・治療
- カウンセリング(臨床心理士・公認心理師など)
- 対話を通じたこころの整理
- 認知行動療法、マインドフルネス、トラウマケアなどの専門的アプローチ
- 医師と連携して治療に携わることも多い
どちらか一つではなく、
- まず心療内科で状態を評価してもらい
- 必要に応じてカウンセリングを併用する
という方法が、医療現場ではよく行われています。
Q4. 薬を飲むのがこわいのですが…
A. その不安はとても自然なものです。
近年の精神科・心療内科の薬は、可能な限り副作用を減らす方向で改良されていますが、もちろん万能ではありません。
大切なのは
- 医師から十分な説明を受ける
- 疑問や不安をそのまま伝える
- 必要最小限の量から始める
ことです。
診察の場では
- 今の症状がどれくらい日常生活に影響しているか
- 薬以外の選択肢(カウンセリング、生活リズムの調整など)
- 服用する期間の目安
を一緒に検討していきます。
「薬を飲むかどうか」も含めて、あなたの意思を尊重しながら決めていくのが本来の医療の姿です。
いつ、心療内科やカウンセリングを勧めるか
診療の現場で、私が「これは一度しっかり専門家と話した方がいい」と感じるのは、次のようなときです。
- 同じことで何ヶ月も悩み続けている
- 家族や友人に打ち明けても「気の持ちよう」と片づけられてしまう
- ネット検索で情報を集めれば集めるほど混乱してしまう
- 休んでも疲れが取れない、朝が特にしんどい
- 「消えてしまいたい」と思う時間が長くなってきた
こうした状態は、自己流のポジティブ思考や我慢だけでは、かえって悪化してしまうことがあります。
受診することで
- 今の状態が医学的にどう評価されるのか
- どんな治療の選択肢があるのか
- 仕事や学校をどう調整していくか
を、一緒に考えることができます。
医師からのメッセージ
ネガティブなあなたを、そのまま連れてきてください
診察室で、こんな言葉をよく耳にします。
- もっと早く来ればよかった
- この程度で来てしまってすみません
- 弱い自分を見せたくなかった
ですが、こころの不調は「早すぎる受診」というものはありません。
むしろ、少し早いかな、と思うタイミングで相談していただく方が、回復もスムーズです。
ネガティブな感情が強いことは、あなたの「欠点」ではありません。
それは、これまでの人生を必死に生きてきた結果の「こころの反応」でもあります。
- 無理にポジティブにならなくて大丈夫です
- ネガティブな自分を変えようと頑張りすぎなくて大丈夫です
そのままのあなたで、どうぞ専門家のところに来てください。
一緒に、あなたに合った「感情との付き合い方」を探していきましょう。

