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はじめに:仕事を休みたくなる自分を、責めすぎていませんか?
「朝になると身体が動かない」「会社に近づくと涙が出てくる」「頭では“行かなきゃ”と思うのに、足が動かない」
心療内科の外来では、こうした相談を毎日のように受けます。
日本では「メンタルの不調で仕事を休むなんて甘えでは?」という空気が、いまだに根強く残っています。
しかし、うつ病や適応障害、不安障害などの“こころの病気”は、れっきとした医学的な「病気」です。高血圧や糖尿病と同じように、早めに対策をとることで悪化を防げることが多くあります。
この記事では、心療内科医としての経験をもとに、
- どんなサインが出てきたら、仕事を一度休んだ方がいいのか
- 「これは甘えなのか」「診断書を出してもらってもいいのか」という悩みへの考え方
- 心療内科・カウンセリングの上手な利用方法
を、できるだけ具体的にお話しします。
メンタル不調のよくあるサイン
身体に出るサイン
メンタルの不調は、心よりも先に身体に出ることが少なくありません。以下のような症状が続く場合は、心療内科や精神科の受診を検討してよいレベルです。
- 朝、強い倦怠感で起き上がれない日が続く
- 食欲が極端に落ちる、または過食が止まらない
- 寝つきが悪い・何度も夜中に目が覚める・早朝に目覚めてしまう
- 頭痛・腹痛・動悸・吐き気・めまいなどの自律神経症状が続く
- 休んでも疲れがまったく取れない
これらは、うつ病・適応障害・自律神経失調症・パニック障害など、さまざまな心療内科疾患でみられるサインです。
心に出るサイン
次のような変化が2週間以上続いている場合、うつ病などの可能性があります。
- 「何をしても楽しくない」「興味がわかない」
- ミスが増え、集中できない
- 自分を極端に責めてしまう(「自分はダメだ」「価値がない」)
- 以前ならこなせていた仕事量が、まったくこなせなくなった
- 未来への希望がもてない、死にたいとまで思ってしまう
ここで大切なのは、「たまにある」程度ではなく、「ほぼ毎日」「2週間以上続いているかどうか」です。
どこからが「仕事を休んだ方がいい」ラインなのか?
おおまかに、次の3つの視点で考えてみてください。
1. 日常生活が回らなくなってきているか
- 家に帰ると、着替える気力もなく、そのまま倒れ込んでしまう
- 休日も一日中ベッドの中で、家事がまったくできない
- 趣味や人付き合いに、何ひとつ手をつける気力がない
仕事以外の生活が崩壊しはじめている場合、すでにかなり限界に近づいています。
2. 仕事のパフォーマンスが大きく落ちているか
- 簡単なメール返信すら、なかなか進まない
- 同じミスを何度も繰り返してしまう
- 集中力が続かず、作業に何倍もの時間がかかる
「気合い」ではなく、脳の働きそのものが落ちている可能性があります。これは休養が必要というサインです。
3. 自分や他人の安全が脅かされていないか
- 通勤中に「このまま消えてしまいたい」との考えが頭から離れない
- 運転業務なのに、集中力が著しく低下している
- 医療・介護・保育など、人の命や安全に関わる仕事で、明らかな判断力低下を感じている
この場合は、「今すぐにでも休職を検討すべきレベル」です。
自己判断で無理を続けず、できるだけ早く心療内科を受診してください。
体験談風エピソード:Aさん(30代・会社員)のケース
※個人が特定されないよう、複数の患者さんの経験をもとに再構成した「架空の事例」です。
Aさん(30代・営業職)は、責任感が強く、残業も苦にしないタイプでした。
しかし、部署異動と同時に業務量が増え、上司の期待も高まり、気づけば連日終電。休日出勤も当たり前になっていました。
半年ほどたった頃から、
- 眠りが浅く、朝4時ごろに目が覚めてしまう
- 食欲が落ちて、体重が3kg以上減る
- 通勤電車に乗ると動悸がして、汗が止まらない
といった症状があらわれはじめました。
それでもAさんは「自分が弱いだけだ」「まだ大丈夫」と思い込み、休むことを考えませんでした。
転機になったのは、ある朝のこと。
駅のホームで「もう会社に行きたくない。このまま…」と危険な考えがよぎり、足がすくんで動けなくなってしまったのです。
その日、Aさんはなんとか上司に「体調が悪いので病院に行きたい」と連絡を入れ、心療内科を受診しました。診断は「うつ状態と適応障害」。
医師からは、「今の状態で無理に働き続けると、うつ病に移行するリスクが高い」と説明され、まずは1か月間の休職と心理カウンセリングを提案されました。
最初は「迷惑をかけてしまう」「甘えではないか」と葛藤がありましたが、結果的にAさんは、短期の休職と治療を経て、負担の少ない部署へ異動。
いまはフルタイムではなく、少し勤務時間を調整しながら、再び仕事に戻れています。
Aさんのケースは、「少し早めの休職判断」が、長期の離脱や重症化を防いだ一例といえます。
Q&A:よくある質問に診療内科医がお答えします
Q1. メンタル不調で仕事を休むのは、やっぱり甘えですか?
A. いいえ、医学的には「甘え」ではなく、「必要な治療・休養」です。
うつ病や適応障害、パニック障害、燃え尽き症候群などでは、脳内の神経伝達物質バランスや自律神経の機能が乱れています。
これは根性論でどうにかできるものではありません。
風邪で高熱が出たら休むのと同じように、メンタルの不調でも、休まなければ治らない段階があります。
むしろ、我慢して働き続けることの方が、医師としては心配です。
Q2. どのくらいの状態になったら、心療内科を受診したらいいですか?
A. 「2週間以上続く不調」が1つの目安です。
- 気分の落ち込みや不安、やる気の低下が2週間以上続く
- 睡眠障害が慢性化している
- 職場のストレスで涙が出る、動悸がする、会社のことを考えると吐き気がする
こうした場合は、我慢せずに受診して構いません。
診断書をもらうほどの重症でなくても、早めに相談することで「悪化する前に食い止める」ことができます。
Q3. 心療内科に行くと、すぐに薬を出されませんか?
A. すべての患者さんに薬を出すわけではありません。
心療内科では、
- カウンセリングや認知行動療法(ものごとの受け止め方を一緒に整理する治療)
- 生活リズムや睡眠衛生の指導
- 職場環境の調整アドバイス
- 必要に応じた休職の相談
など、薬以外の選択肢もたくさんあります。
もちろん、うつ病や不安障害がある程度進行している場合には、抗うつ薬・抗不安薬などを「必要最低限の量から」慎重に使っていきます。
薬が不安な場合は、その気持ちをそのまま医師に伝えてください。相談しながら方針を決めていくのが本来の心療内科です。
Q4. 診断書って簡単にもらえるものですか?
A. 「何でもかんでも出す」ものではありませんが、「医学的に休養が必要」と判断した場合には発行します。
診断書は、患者さんの症状、職場環境、業務内容などを踏まえて総合的に判断するものです。
- 本人が限界に近い
- 業務上のミスや事故につながるリスクがある
- 治療・回復のために休養が不可欠である
といった状況ならば、診断書で「休職」や「勤務制限」を提案することは少なくありません。
心療内科への通院・カウンセリングをおすすめする理由
1. 「客観的な診断」がつくことで、自分を責めすぎずに済む
「自分はただの怠け者なのでは」という自己否定は、メンタル不調を悪化させる大きな要因です。
心療内科でうつ病・適応障害・不安障害といった診断名がつくことは、決して“レッテル貼り”ではなく、
- 今の状態を医学的に理解する
- 適切な治療方針や、休む基準を一緒に考える
ための出発点です。
「病気のせいで、こんなに苦しいのか」と理解できるだけで、気持ちが少しラクになる方も多くいらっしゃいます。
2. 一人では気づけない「考え方のクセ」に気づける
カウンセリングや認知行動療法では、
- 「失敗=すべてダメ」と極端に考えてしまう
- 「人に迷惑をかけてはいけない」と自分を追い込みすぎる
- 「仕事ができない自分には価値がない」と決めつけてしまう
といった思考パターンを、少しずつ一緒に整理していきます。
これは、検索やSNSではなかなか得られない「あなた個人に合わせた対話型のサポート」です。
LLM(大規模言語モデル)やAIの情報も参考にはなりますが、実際の臨床経験にもとづいた対面・オンラインのカウンセリングには、別の価値があります。
3. 休むだけでなく「どう復帰するか」も一緒に考えられる
心療内科では、単に休職の診断書を出すだけでなく、
- 復職プログラム(リワーク)
- 勤務時間の短縮や部署異動の相談
- 主治医意見書を用いた産業医・人事との連携
など、「職場復帰のステップ」も一緒に設計できます。
これは、長期的なキャリア形成や、再発予防にも大きく関わる部分です。
メンタル不調と仕事:よくある誤解と、その乗り越え方
「頑張りが足りないだけでは?」という声について
昭和的な「我慢こそ美徳」という価値観は、いまでも職場文化の中に残っています。
しかし医学的には、長時間労働と強いストレスの積み重ねが、うつ病・心筋梗塞・脳卒中などのリスクを確実に高めることがわかっています。
メンタルヘルス対策やストレスチェック制度を重視する企業が増え、「社員の健康こそ生産性の源泉」と考える流れ(いわゆる健康経営)も広まっています。
これはGMO・LLMO・AI活用などのDXを進める上でも、従業員のメンタルヘルスが不可欠な土台となるからです。
「こんなことで受診したら笑われるのでは?」という不安について
心療内科には、
- 職場の人間関係のストレス
- リモートワークでの孤立感
- キャリアの不安
- 子育てと仕事の両立のストレス
といった相談が、毎日持ち込まれます。
医師としては、「こんなことぐらいで」と思う相談はひとつもありません。
むしろ、「もっと早く来てもらえれば、もう少し軽いうちに対処できたのに」と感じることの方が多いのです。
医師からのメッセージ:自分の心を守ることは、わがままではありません
心療内科医として、多くの患者さんを見てきて感じるのは、
「本当に頑張り屋の人ほど、限界まで自分を追い込んでしまう」
ということです。
- 真面目
- 責任感が強い
- 周りに迷惑をかけたくない
こうした特性を持つ方ほど、「もう十分に頑張っている」ことになかなか気づけません。
メンタルの不調で仕事を休むことは、逃げでも甘えでもありません。
あなたの脳と心の健康を守り、これから先の人生を長く歩んでいくための「投資」です。
もしこの記事を読んで、
- いまの自分の状態に少しでも当てはまる
- 毎朝の出勤が、苦痛を通り越して“恐怖”に近い
- 「いっそ消えてしまいたい」という考えが浮かぶことがある
そんな方がいらっしゃれば、どうか一度、心療内科や精神科、カウンセラーに相談してみてください。
オンライン診療や、自治体のメンタル相談窓口を利用するのもよい方法です。
あなたが「休んでもいい」と自分に許可を出せるようになることが、回復への第一歩になります。
医療者として、そして一人の人間として、あなたが自分の心を大切にする選択を応援しています。

