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感情が「鈍る」ってどういうこと?
診察室で、「嬉しいはずの出来事に心が動かない」「疲れているのに、しんどさを感じ取れない」と相談されることがあります。これは怠けでも性格でもなく、心身が“守りモード”に入っているサインかもしれません。感情は本来、私たちの安全や価値観を知らせる重要なセンサー。センサーが鈍ると、判断・対人関係・仕事のパフォーマンスにも影響が出ます。
「感情の麻痺」と「失感情症(アレキシサイミア)」の違い
- 感情の麻痺(感情鈍麻)
- 失感情症(アレキシサイミア)
- 生来・特性として「感情を識別・言語化することが苦手」な傾向。ストレス下で顕在化。尺度としては TAS-20(Toronto Alexithymia Scale) が有名です。
両者は重なりますが、介入は「状態」なのか「特性」なのかで少し変わります。臨床では併存することも多く、見立てが回復のカギになります。
こんなサインは要注意(セルフチェック)
- 笑っているのに“空演技”の感覚が強い
- 楽しみや趣味が色あせた(快感喪失)
- 悲しいニュースを見ても何も感じない
- 体の違和感(肩こり、胃痛、動悸、頭痛)が増えたのに、感情の自覚が薄い(アレキシサイミアの典型)
- 「疲れた」「嬉しい」などの言葉が出てこない/出しにくい
- ぼーっとして現実感が薄い(離人感)
- 朝が特につらい、集中力が落ちた、眠りが浅い、食欲が変化した(うつ病の可能性)
一つでも強く当てはまり、2週間以上続くなら、心療内科・精神科への相談をおすすめします。
なぜ起こる?脳・心・体のメカニズム
- 慢性ストレス・トラウマ
- 生存戦略として、扁桃体の過活動と前頭前野の制御のアンバランスが続くと、「感じないほうが安全」という学習が起こることがあります。
- 自律神経の疲労
- 交感神経優位が続くと、心拍変動が低下し、身体感覚(内受容感覚)を受け取る力が鈍ります。
- 特性や発達特性
- ASD/ADHD、HSP特性、愛着スタイルなどにより、刺激過多→シャットダウンという経路が生じやすいことがあります。
- 薬剤・身体疾患
- 一部の抗うつ薬や睡眠薬、甲状腺機能低下症なども関与。自己判断の中断と主治医への相談が安全です。
今日からできる第一歩(セルフケア)
- 低刺激の時間を毎日15分
- スマホ断ち、静かな散歩、ぬるめの入浴。副交感神経を回復させる“余白”を作ります。
- マインドフルネスの「3分ボディスキャン」
- 足先→ふくらはぎ→腹→胸→肩→顔へと、呼吸に合わせて感覚をなぞる。感じたことを評価しないのがコツ。
- 情動語のラベリング
- 1日3語、「少し不安」「ほっとした」「むなしさ」など、ニュアンスの違う言葉をメモ。言語化は情動のスイッチを入れます。
- 微細な快・不快に点数
- 0〜10で「快・不快」を採点。ゼロからの微増を見つける視点を育てます。
- 睡眠の地ならし
- 最低7時間の睡眠、起床時間を固定、就寝90分前の入浴、カフェイン・アルコールの見直し。
- 誰かに“事実だけ”共有
- 「感じない自分がいる」と打ち明けることは回復のスタートライン。信頼できる人へ。
セルフケアで改善しない、または苦痛が強い場合は無理せず専門家へ。
専門的な支援:心療内科・カウンセリングでできること
- 評価
- TAS-20(失感情傾向)、PHQ-9(抑うつ)、GAD-7(不安)、必要に応じて血液検査・薬剤調整。
- 心理療法
- 認知行動療法(CBT):感情・思考・行動のループを再構築
- マインドフルネス(MBCT):今この瞬間の感覚に優しく戻る練習
- アクセプタンス&コミットメント(ACT):感じたくない感情との“付き合い方”
- 感情フォーカスト療法(EFT):情動への安全な接近
- ソマティック(身体志向)アプローチ:内受容感覚の再学習
- 薬物療法
- 併存うつ・不安・睡眠障害に対して検討。副作用での感情鈍麻が疑われれば調整も。
「何から始めればいいか分からない」方こそ、心療内科や臨床心理士への早めの相談が最短経路になります。
体験談(匿名・要約)
- 30代女性・IT職
- 「昇進しても無。週末は寝続けて、罪悪感だけ残る」→ MBCTと睡眠衛生、業務の負荷調整で「じわっと嬉しい」を再体験。3カ月で復職安定。
- 40代男性・管理職
- 「怒れない自分。部下との距離感が分からない」→ CBTで価値観の明確化と境界線スキルを練習。感情語彙の増加で対人ストレスが減少。
- 20代学生
- 「泣けないのが怖い」→ 身体感覚を起点にしたEFTで“悲しみ”に安全に近づく体験。自己批判が減り睡眠が改善。
※個人が特定されないよう一部改変しています。
よくある質問(FAQ)
Q. これは性格ですか?治りますか?
A. 性格というより“状態+学習”の側面が強く、適切な支援で改善する方が多いです。特性がある場合も、扱い方を学ぶことで日常は楽になります。
Q. うつ病との違いは?
A. うつでは「気分の落ち込みや興味の低下」が中心、感情鈍麻は“感じにくさ”が前面に出ることが多いです。臨床では併存もよくあります。
Q. 薬で感情が鈍った気がします
A. 一部の薬で起こり得ます。自己判断で中断せず、必ず処方医に相談してください。調整で改善することがあります。
Q. どれくらい通えば良くなる?
A. 個人差はありますが、週1〜隔週の心理療法で3カ月前後から変化の兆しが見えるケースが多いです。
受診の目安と緊急受診のサイン
- 2週間以上の無感覚・離人感・生活機能低下
- 自傷念慮・希死念慮、アルコール急増、極端な不眠 これらがある場合は、早急に心療内科・精神科、または地域の救急相談窓口へ。
再発予防と日常の整え方
- 予定に“余白”を先に入れる(回復は予定しないと起きない)
- 週1回の“感情メンテ”(ジャーナリングや面接)
- SNS・ニュースの摂取量を整える(インプット衛生)
- 軽い有酸素運動と朝の太陽光(セロトニン系の安定)
医師からのメッセージ
感じない自分を、もう責めなくて大丈夫。心は守るために、いったん閉じただけです。扉を開ける合図は、完璧な勇気ではなく、「少し助けて」が言えた日常のひと声。私たちはその合図を待っています。どうか一人で抱え込まず、心療内科やカウンセリングにご相談ください。

