
カスハラ(カスタマーハラスメント)をしてしまう人の多くは、病気ではなく、「客だから当然」という思い込みや、ほかの場所でたまったストレス、「軽く扱われた」という傷つきなどが重なって、怒りを店員や窓口にぶつけていると考えられています。
ニュースで暴言や長時間の居座りを目にして、「なぜあそこまで怒れるのか」「病気なのでは」と感じた方もいるかもしれません。2026年10月からは、カスハラへの対策が企業の義務になりました。この記事では、カスハラをしてしまう人の心理と病気との関係、そして受ける側が心を守る方法を、心療内科医の視点で整理します。
この記事の要点
- カスハラの多くは病気によるものではなく、思い込みやストレス、自尊心の傷つきなどが重なって起きると考えられています
- まれに、認知症や飲酒の影響などが背景にあることもありますが、どんな背景があっても、受ける側が我慢し続ける理由にはなりません
- 受けた側は「一人で対応しない」「記録を残す」「終わったあとのケア」が大切です。眠れない、職場に行こうとすると体調を崩すといった状態が続くときは、相談してよいサインです
カスハラとは?10月から企業の義務に
カスハラとは、顧客や取引先などからの、社会の常識を超えた要求や言動のうち、働く人の就業環境を害するものを指します。大声での暴言や脅し、土下座の要求、長時間の拘束、何度も繰り返される電話、SNSでのさらし行為などが典型です。
改正された法律により、2026年10月1日からは、従業員を雇うすべての事業主に、カスハラへの方針を明確にすること、相談体制を整えること、起きたときに迅速に対応することなどが義務づけられました。東京都ではそれに先立ち、2025年4月にカスハラ防止条例が施行されています。
つまり、カスハラは「現場の我慢」で済ませる問題ではなく、組織として従業員を守るべき問題だと、社会のルールとしてはっきり示されたことになります。
カスハラをしてしまう人の心理

カスハラの背景には、いくつかの心理が重なっていることが多いと考えられています。代表的なものを整理しました。
| 心理 | どう表れやすいか | 背景にあるもの |
|---|---|---|
| 「客なのだから当然」という思い込み | 無理な要求を「サービスの一部」と考え、断られると強く怒る | 「お客様は神様」という言葉の誤った受け取り方 |
| ほかの場所でたまったストレスの八つ当たり | ささいな行き違いに、不釣り合いなほど強く反応する | 仕事や家庭での不満、疲れ、思いどおりにならない日々 |
| 「軽く扱われた」という傷つき | 「バカにしているのか」「誠意を見せろ」と謝罪の形にこだわる | 自分を大切にされたい、認められたいという気持ち |
| 自分の正しさへの強いこだわり | 「間違いを正してやる」という正義感から、責め続ける | 白黒をはっきりさせたい考え方のクセ |
| 孤独や、話を聞いてほしい気持ち | 長時間の居座りや、何度も繰り返される電話 | 人と関わる機会の少なさ |
| 相手の顔が見えない気安さ | 電話やメール、SNSでは言葉が強くなる | 匿名性や、相手の反応が見えないこと |
ここで大切なのは、心理を理解することと、行為を許すことは別だということです。背景にどんな事情があっても、暴言や脅しで人を傷つけてよい理由にはなりません。
カスハラは病気が原因なの?
「カスハラをする人は、何かの病気なのでは」と考える方もいますが、多くのカスハラは、病気とは関係がありません。「病気の人がカスハラをする」というイメージは、病気を抱えながら穏やかに暮らしている多くの人への偏見にもつながるため、注意が必要です。
そのうえで、まれに、次のようなことが背景にある場合もあります。
- 認知症などで、感情を抑える働きが弱まっている——以前は穏やかだった人が急に怒りっぽくなった場合、病気のサインのことがあります
- 飲酒の影響——お酒が入ると、普段なら抑えられる怒りが表に出やすくなります
- 強いストレスや気分の落ち込み——心に余裕がなくなると、イライラが外に向きやすくなることがあります
ただし、現場の担当者がその場で病気かどうかを判断する必要はありませんし、判断することもできません。病気の可能性を感じた場合でも、対応は個人ではなく組織で行い、必要に応じてご家族や、高齢の方であれば地域包括支援センターなどにつなぐことが考えられます。
年齢で決めつけない
「高齢の人ほどキレやすい」と言われることがあります。年齢を重ねて感情を切り替えにくくなる人がいるのは事実ですが、年齢だけでカスハラをする人を決めつけるのは誤りです。カスハラは、若い世代や働き盛りの世代でも起きています。
むしろ注目したいのは、「以前と比べて急に怒りっぽくなった」という変化です。ご家族がそうした変化に気づいた場合は、性格の問題と片づけずに、一度医療機関に相談してみることをおすすめします。
カスハラを受けた側が、心を守るために

カスハラを受けたあと、「自分の対応が悪かったのでは」と自分を責める人は少なくありません。けれど、理不尽な言動の責任は、それをした側にあります。心を守るために、次のことを意識してみてください。
一人で対応しない
その場で一人で抱え込まず、上司や同僚に交代してもらう、複数人で対応するなど、組織として対応することが基本です。
記録を残す
日時や言われた内容、対応した人などを、できるだけ早くメモに残しておきます。記録は会社が対応を判断する材料になるだけでなく、「自分の感じ方がおかしいのでは」という迷いから、自分を守ることにもつながります。
危険を感じたら、その場を離れる
大声で威圧される、物を投げられるなど身の危険を感じたときは、その場を離れることを優先してください。必要なら、ためらわずに警察へ連絡してください。
終わったあとのケアを後回しにしない
対応が終わったあとも、心臓のドキドキが続いたり、言われた言葉が頭から離れなかったりすることがあります。信頼できる人に話す、少し休憩を取るなど、「終わったから大丈夫」と流さずに、自分の心の手当てをする時間をつくってください。
こんなサインがあれば、相談を
カスハラの影響は、出来事が終わったあとも続くことがあります。次のような状態が続いている場合は、一人で抱え込まずに相談することを考えてください。
- その場面が何度もよみがえる、夢に見る
- 仕事に行く前に吐き気や腹痛が出る
- 電話の着信音や、似た声の人に強い恐怖を感じる
- 眠れない日が続いている
- 「自分が悪かった」という気持ちが強く、気分の落ち込みが2週間以上続いている
カスハラのあとに起きやすい心身の不調については、カスハラの後遺症の記事でも詳しく解説しています。仕事を続けることがつらい場合は、休職までの流れも参考にしてください。
企業や管理職ができること
カスハラ対策が義務になった今、企業には、方針の明確化や相談窓口の整備に加えて、被害を受けた従業員の心のケアも求められています。
- カスハラには毅然と対応する方針を、社内外に示す
- 一人で対応させない体制と、対応を打ち切る基準を決めておく
- 被害を受けた従業員と、早めに面談の機会を持つ
- 不調が続く場合は、産業医や医療機関につなぐ
当院の院長は日本医師会認定産業医でもあり、医師と心理セラピストが連携して、カスハラなど職場のストレスで生じた心身の不調のご相談に応じています。
よくあるご相談例
外来では、次のようなご相談をよくお聞きします。
- 窓口で怒鳴られてから、電話が鳴るたびに体がこわばる
- クレーム対応のあと、自分の対応が悪かったのではと何日も考えてしまう
- 接客の仕事が好きだったのに、お客さんの前に出るのが怖くなった
- 部下がカスハラを受けて元気がない。上司としてどう接すればいいか分からない
どのご相談でも、まずはご本人の心身の負担を整理し、職場とどう調整していくかも含めて一緒に考えます。感じ方や回復のペースには個人差があります。
よくある質問
カスハラをする人は、病気なのですか?
背景に精神疾患や認知症、飲酒の影響があることもありますが、一般的に病気ではなくても、思い込みやストレス、傷つきなどが重なって起きると考えられています。しかし、どんな背景があっても、受ける側が我慢し続ける必要はありません。
カスハラは高齢者に多いのですか?
年齢だけで決めつけることはできません。カスハラはさまざまな年代で起きています。ただし、ご家族が「以前と比べて急に怒りっぽくなった」と感じる場合は、病気のサインのこともあるため、一度相談してみてください。
カスハラを受けて眠れません。心療内科に行ってもいいですか?
はい、構いません。眠れない、場面がよみがえる、職場に行こうとすると体調を崩すといった状態は、十分に相談の対象です。「この程度で」と思う段階で相談していただいて大丈夫です。
自分も店員さんにきつく当たってしまったことがあります
この記事を読んで、ドキッとした方もいるかもしれません。きつく当たってしまう背景に、強いストレスや疲れ、怒りが抑えられないという悩みが隠れていることもあります。自分の怒りに困っているなら、それも相談してよいテーマです。
参考文献
医師からのメッセージ
理不尽な言葉を浴びたあと、「自分の言い方が悪かったのかもしれない」と、何度も場面を思い返していませんか。カスハラの責任は、それをした側にあります。あなたの心がすり減っているのは、弱いからではなく、それだけ強いストレスを受けたからです。
相手の心理を知ることは、必要以上に自分を責めないための手がかりになります。そのうえで、眠れない、職場に向かうのがつらいといった状態が続くなら、どうか一人で抱え込まずに、迷った時点でご相談ください。
この記事の監修
赤坂心療内科クリニック 院長
宮本 せら紀(みやもと せらき)
医学博士・心療内科専門医・認定内科医・日本医師会認定産業医
日本大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院にて臨床研修。東京大学大学院にて医学博士号取得(ストレス防御・心身医学)。日本心身医学会・日本心療内科学会ほか所属。

