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はじめに―便利さの裏で、体が出す小さなサイン
気がつけば、夕食はフードデリバリー。移動は最小限、会議は一日中オンライン。便利なはずの暮らしの中で、「胃が重い」「寝つきが悪い」「肩こりと頭痛が続く」「なぜか息が浅い」といったサインが増えています。病院で検査をしても「異常なし」と言われるのに、つらさは続く。こうした“体の声”をていねいに拾い上げるのが、心療内科の役割です。
心身症とは
心身症は、ストレスや生活リズムの乱れが引き金になり、体の症状として現れる病態の総称です。代表例は過敏性腸症候群(IBS)、機能性ディスペプシア、緊張型頭痛、片頭痛、動悸(期外収縮含む)、めまい、慢性疲労、不眠、皮膚症状(湿疹の悪化)など。「気のせい」ではありません。自律神経(交感神経と副交感神経)のアンバランス、脳腸相関、ホルモン(HPA軸)や炎症の小さなゆらぎが関与します。
新しい生活習慣が心身に与える影響
- 食:デリバリーは高脂肪・高塩分・高糖質になりがち。血糖スパイクや腸内環境の乱れが起こると、セロトニン産生や迷走神経の働きに影響し、胃腸症状や不安感が増えます。
- 動:運動不足は筋緊張や姿勢悪化を招き、頭痛・肩こり・浅い呼吸の原因に。NEAT(日常生活の非運動性熱産生)が落ちると、睡眠の質も低下。
- 眠:遅い時間の画面(ブルーライト)と不規則な就寝は、睡眠ホルモンと体内時計を乱し、交感神経過亢進に。寝ても疲れが取れない悪循環になります。
- 社会:孤立感や働きすぎ(境界が曖昧な在宅勤務)は慢性ストレスに。免疫と微小炎症がじわじわ高まり、体調がブレやすくなります。
メカニズムをやさしく
- 脳腸相関:腸の状態は脳(気分や痛みの感じ方)に影響し、脳のストレスも腸の運動や感受性を変えます。IBSや機能性ディスペプシアはこの“相互通行”が過敏になっている状態。
- 自律神経・HPA軸:ストレスで交感神経が優位になり、胃腸の動きが鈍る、心拍が上がる、筋肉がこわばる。不眠が続くと、さらにストレスに弱くなるという循環が生まれます。
- 栄養と炎症:食物繊維・発酵食品不足や高脂肪食は腸内細菌と粘膜バリアに影響。微小炎症は痛みや倦怠感の増幅に関与します。
心身のSOSかもしれないサイン
- 毎週のように繰り返す胃痛・下痢/便秘の波
- 検査で異常がないのに続く頭痛・めまい・動悸
- 朝から強い疲労感、午後の強い眠気
- 寝つきの悪さ、夜中に何度も目覚める
- 仕事の能率低下、ミス増加、イライラ 当てはまる項目が多ければ、心療内科の受診を検討しましょう。
体験談:30代・在宅勤務のAさん
在宅勤務が始まって1年。夕食はほぼデリバリー、運動はゼロ。「胃がムカムカして会議中におなかが鳴る」「夜3時に目が覚める」が続きました。消化器内科で異常はなく、心療内科へ。問診とスクリーニングでIBS傾向と不安の高まりが見えてきました。 一緒に立てた計画は小さな一歩から。
- デリバリーは「野菜多め・汁物・タンパク質メイン(魚/豆腐/鶏)」を優先、汁は半分残す、ソース別添を選ぶ
- 1時間に1回、2分の立ち歩き(NEAT)、寝る3時間前はカフェインなし
- 呼吸法(4秒吸って6秒吐く)を1日3セット
- 寝る前のスマホは温色+輝度を落とし、就寝・起床を固定
- 週1回のカウンセリング(認知行動療法/マインドフルネス)、必要に応じて少量の胃腸薬と漢方を併用 3週間で夜中の覚醒が減り、1か月後には腹部症状が半減。「会議の途中でお腹が痛くなる不安」が薄れ、仕事の集中力も戻りました。
治療と対処:医療とセルフケアの“二刀流”
- 医療機関での評価
- 鑑別:貧血・甲状腺・睡眠時無呼吸・器質的疾患の除外
- 心理評価:不安/抑うつ、ストレス源、生活リズム
- 心理療法・カウンセリング
- 認知行動療法(CBT)、ACT、マインドフルネス、ストレスコーピング
- 薬物療法(必要に応じて)
- 胃腸機能調整薬、漢方(六君子湯など)、SSRI/SNRI、睡眠衛生の補助
- 具体的セルフケア
- 食:食物繊維・発酵食品・良質なたんぱく質、塩分控えめ。デリバリーは「野菜/汁物/魚介/豆」タグや“ヘルシー”カテゴリを活用
- 動:朝の光を浴びる+1日合計20分の低強度運動(階段、立ち会議、散歩)
- 眠:就寝起床の固定、就床90分前の入浴、ブルーライト低減、寝室の暗さ・静けさ・温度調整
- 呼吸/リラクセーション:腹式呼吸、漸進的筋弛緩法
- 産業医や会社の健康経営の制度:オンラインカウンセリングも併用できる会社があります。
いつ受診・相談すべき?(レッドフラッグを見逃さない)
- 急な体重減少、血便・黒色便、激しい腹痛・胸痛、発熱が続く
- 失神に近いめまい、息切れ、強い動悸
- 2週間以上続く強い抑うつ、不眠、希死念慮 これらは躊躇せず内科・救急・精神科を含め速やかに受診してください。
よくある質問
Q1. 心療内科と精神科はどう違いますか? A. 心療内科は体の症状にストレスが影響しているケースを中心に、内科的視点と心理学的視点の両面から診ます。精神科はうつ病や双極性障害、統合失調症など精神疾患全般を扱います。症状により連携します。
Q2. 薬は必ず必要ですか? A. 必須ではありません。生活調整とカウンセリングのみで改善する方も多いです。必要に応じて最小限・短期を心がけ、副作用も一緒に確認します。
Q3. フードデリバリーでも健康的にできますか? A. 可能です。野菜・たんぱく質が主役の店を「お気に入り」に登録、汁物で満腹感、ドレッシング別添、主食は小盛り、夜は揚げ物を避ける、発酵食品(味噌汁・納豆)を足すのがおすすめです。
Q4. 在宅勤務の運動不足はどう補えば良い? A. NEATを増やすのがコツ。1時間に2分立つ、歯磨きは片足立ち、エレベーター→階段、オンライン会議を一部“立ち参加”。合計20分の軽い歩行でも睡眠と自律神経に効果があります。
Q5. カウンセリングは何をする?通院頻度は? A. ストレスの見える化、考え方のクセの調整、呼吸・筋弛緩、行動計画づくりなど。初期は2~4週ごとに数回、その後は間隔をあけてフォローします。保険適用の範囲は医療機関に確認を。
まとめ―小さな一歩が、自分を助ける
心身症は“心の問題”ではなく、心と体の対話がうまくいかなくなった状態。生活の微調整と専門的サポートで、多くの方が改善します。「まだ大丈夫」と頑張りすぎる前に、心療内科へご相談ください。カウンセリングは“話す”だけでなく、“整える技術”を身につける場でもあります。
医師からのメッセージ
診察室で私がいつもお伝えするのは「あなたの不調は、理由があって起きている」ということ。怠けでも、気のせいでもありません。検査で見えない“ズレ”を一緒に整え、あなたの生活に合う解決策を丁寧に探します。今日できる一歩から始めましょう。必要なときは私たちが伴走します。