
大切な人を亡くしたあとに、眠れない・食べられない・動悸がするといった体の不調が続くことは、めずらしいことではありません。
葬儀や手続きが一段落して、周りが日常に戻っていくころ。ふとした瞬間に胸が締めつけられる、朝起き上がれない、食事の味がしない——それでも「悲しいのだから当たり前」と我慢して、内科で調べても異常なしと言われた。そんな時期に、この記事にたどり着く方が多いのではないかと思います。
この記事では、死別のあとに体へ出る変化と、どこからが医療の関わる範囲なのかを、心療内科医の視点で整理します。
悲しみは、心だけでなく体に出ます
死別のあとに起きているのは、気持ちの問題だけではありません。強い喪失は自律神経やホルモンのはたらき、睡眠のリズムにまで影響することが知られています。体の不調は「気のせい」でも「弱いから」でもなく、悲しみが体という形をとって出ているものと考えると、説明がつくことが多くあります。
だからこそ、心の話をする前に体を診る意味があります。当院がこの領域を心療内科として扱っているのは、そこに理由があります。
死別のあとに出やすい、体の変化
多くの方に共通して見られるものを挙げます。当てはまるものがあっても、それだけで病気だということではありません。
| 出やすい場所 | よくある形 |
|---|---|
| 睡眠 | 寝つけない、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまう、故人の夢を繰り返し見る |
| 食欲 | 食べられない、味がしない、逆に食べ続けてしまう、短期間での体重の変化 |
| 胸・循環器 | 動悸、胸が締めつけられる感じ、息が浅くなる |
| 消化器 | 胃の痛み、みぞおちの不快感、下痢や便秘 |
| 痛み・こわばり | 頭痛、肩や首のこり、原因のはっきりしない全身の痛み |
| 全身 | 強い疲れが取れない、風邪をひきやすくなる、体温調節がうまくいかない |
ここで大切なのは、体の症状を「悲しみのせい」と決めつけて放置しないことです。強い喪失のあとに心臓の症状が出ることがあることも知られており、貧血や甲状腺の不調が重なっていることもあります。まず体を調べておくと、そのあとの見通しが立てやすくなります。
故人の声が聞こえた気がする、姿を見た気がする
これを誰にも言えずにいる方は少なくありません。死別のあとにこうした体験が起きることは、よく知られています。それ自体が精神の病気を意味するわけではありませんし、おかしくなったということでもありません。
ただ、その体験に強く苦しんでいる場合や、日常生活が立ち行かなくなっている場合は、一度ご相談ください。話しても引かれない場所はあります。
多くは、時間とともに形を変えていきます

悲嘆は病気ではありません。そして、まっすぐ回復していくものでもありません。落ち着いてきたと思った時期に、また強い波が来ることのほうがふつうです。
命日、誕生日、季節の変わり目、その人と行った場所——こうしたきっかけで一時的に症状が強まることは「記念日反応」と呼ばれ、自然な反応として知られています。高齢期の喪失感のように、年齢や状況によって現れ方が変わることもあります。
ですから、「まだ立ち直れていない」と自分を採点する必要はありません。期限を決められるものではないからです。
長く強く続く場合、「遷延性悲嘆症」として扱われることがあります
悲嘆そのものは病気ではありませんが、その状態が長く続き、生活が立ち行かなくなっている場合には、医療の対象として扱われることがあります。これを遷延性悲嘆症(せんえんせいひたんしょう)といいます。
世界保健機関の国際疾病分類(ICD-11)で正式に位置づけられた比較的新しい診断で、日本でも2022年に、遺族の精神心理的な苦痛について学会の診療ガイドラインがまとめられています。つまり、死別後の苦しさは「気の持ちよう」ではなく、医療が扱う対象として認められているということです。
| 多くの方にみられる悲嘆 | 遷延性悲嘆症として扱われる場合 | |
|---|---|---|
| 期間 | 波はあっても、形が少しずつ変わっていく | 診断基準ではおおむね死別から6か月以上(基準によっては1年以上)、強さが変わらない |
| 日常生活 | つらいなりに、少しずつ戻っていく | 仕事・家事・人づきあいが立ち行かない状態が続く |
| 故人への思い | 思い出して泣く日と、穏やかな日がある | 頭から離れず、そのことばかり考えてしまう |
| 自分について | 「つらい」 | 「自分の一部がなくなった」「生きている意味が分からない」 |
ただし、この表で自己診断はしないでください。期間だけで決まるものではありませんし、文化や状況によって自然な範囲は変わります。診断は医師が、経過をうかがったうえで行うものです。ここでお伝えしたいのは「長引いているなら相談していい」という一点だけです。
セルフチェック
死別から3か月以上たった時点を目安に、いまの状態を振り返ってみてください。診断ではなく、相談するかどうかを決めるための目安です。
- 眠れない、食べられない状態が続き、体重が目に見えて変わった
- 家事や仕事など、以前できていたことが手につかない日がほとんどである
- 故人のことが頭から離れず、ほかのことを考えられない
- その人に関わるもの・場所・話題を、徹底的に避けている
- 自分だけが生き残ったことを責め続けている
- 誰とも会いたくなくなり、連絡を絶っている
- 体の不調が続いているのに、受診する気力がわかない
- 自分もいなくなってしまいたいと感じることがある
いちばん下の項目に当てはまる場合は、期間に関係なく、できるだけ早くご相談ください。すぐに医療機関へ行くのが難しいときは、厚生労働省が案内している電話・SNSの相談窓口があります(記事末に掲載しています)。夜間や休日でも対応している窓口があります。
受診の目安
- 眠れない・食べられない状態が2週間以上続いている
- 体の不調で内科を受診したが、検査では説明がつかないと言われた
- 死別から半年以上たっても、日常生活が立ち行かないままである
- お酒や薬の量が増えている
- 自分を責める気持ちや、いなくなりたい気持ちがある
「これくらいで受診していいのか」と迷う方が非常に多い領域です。悲しむことに資格は要りません。眠れない・食べられないという事実があるなら、それだけで十分に相談していい状態です。
心療内科でできること
当院は「悲しみを早く終わらせる」ことを目的にはしていません。悲嘆は消すものではなく、抱えたまま暮らしていけるようにするものと考えているからです。実際にお手伝いできるのは、次のようなことです。
- 体の症状を評価し、貧血や甲状腺の不調など、別の原因が隠れていないかを確認する
- まず睡眠を立て直す。眠れるようになると、感じ方も少し変わってきます
- うつ病が重なっていないかを見極める(悲嘆とうつは重なることがあり、対応が変わります)
- 故人について、遠慮なく話せる時間を持つ(心理療法を用いることがあります)
- 周囲との付き合い方や、職場への伝え方など、現実的な困りごとを一緒に整理する
当院では医師と心理セラピストが連携して進めます。悲しみを消す薬はありません。ただ、眠れない状態や強い不安が続いて体力が削られているときには、その部分に薬を使うことがあります。使うかどうかは相談しながら決めますので、薬を前提に考えていただく必要はありません。
なお、大切な存在を失うという点ではペットとの別れも同じです。「たかがペットで」と言われて話せずにいる方も、遠慮なくご相談ください。人間とは違う形で生まれていても、大切な存在や家族であることに変わりはありません。

ご家族・周囲の方へ——かける言葉に迷ったら
支える側から「何と言えばいいのか分からない」というご相談も、同じくらい多く寄せられます。結論から言えば、うまいことを言う必要はまったくありません。
- 「元気を出して」「いつまでも泣いていたら故人が悲しむ」——立ち直りを急がせる言葉は、伝わり方が難しいことがあります
- 「もう半年たったのに」——期限を示す言葉も、責められたと受け取られやすくなります
- 代わりに、「何も言えないけれど、そばにいる」と伝えるだけで十分なことがあります
- 具体的な手伝い(食事を届ける、手続きに付き添う)は、言葉より届くことがあります
- 眠れていない・食べられていない様子があれば、受診をそっと勧めてください
支える側も消耗します。ご家族だけでご相談にいらしても構いません。
よくあるご相談例
外来では、次のようなご相談をよくお聞きします。いずれも特定の方のお話ではなく、多く寄せられる悩みを一般化したものです。
- 葬儀の間は気を張って動けていたが、落ち着いたころから眠れなくなり、体調が戻らない
- 内科で検査を受けても異常がないと言われ、どこに相談すればよいのか分からない
- 周囲がもう日常に戻っているように見えて、自分だけ取り残されているように感じる
- あのとき自分が気づいていればという考えが、繰り返し頭に浮かんでくる
- 家族の前では泣かないようにしているが、一人になると涙が止まらなくなる
よくある質問
どのくらいで元に戻るのが普通ですか?
「普通」と言える期間はありません。数か月で日常が戻る方もいれば、何年もかけて形が変わっていく方もいます。大切なのは長さではなく、いまの生活が立ち行いているかどうかです。時間で自分を採点しないでください。
悲しいはずなのに、涙が出ません。冷たいのでしょうか。
いいえ。強い出来事の直後は、感じる力がいったん下がることがあります。感情が麻痺したような状態は、心が一度に受け止めきれないときの自然な守り方として知られています。あとから遅れて悲しみが来ることもよくあります。
お酒を飲まないと眠れません。
その状態が続いているなら、早めにご相談ください。お酒は寝つきをよくするように感じられても、睡眠そのものは浅くしてしまうことが知られています。量が増えていくと、あとで抜けにくくなります。責めるためではなく、眠れない状態を別の方法で立て直すためのご相談です。
心療内科に行くと、忘れさせられるのではないかと不安です。
いいえ、そのようなことはありません。忘れることを目標にはしません。多くの方が求めていらっしゃるのは、故人を大切に思ったまま、食べて眠れるようになることです。思い出を手放す必要はありません。
相談窓口
すぐに受診するのが難しいときや、夜間・休日につらくなったときには、次の窓口があります。
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」(#いのちSOS、よりそいホットライン、いのちの電話、こころの健康相談統一ダイヤルなどの電話相談と、SNS相談の一覧)
参考文献
- 日本サイコオンコロジー学会「遺族ケアガイドライン」(2022年)
- 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」
- 『死別と悲嘆の精神医学』(南山堂・2025年)— 当院院長が心療内科の立場から、死別に関連する身体症状と臨床対応のパートを分担執筆しています
医師からのメッセージ
「いつまでこんな状態なのだろう」「自分だけ前に進めていない」——そう感じて来られる方がいます。けれど、悲しみの深さは、その人が大切な存在である証でもあります。急いで終わらせるべきものではありません。
ただ、眠れない・食べられないという状態が続くと、悲しむための体力さえ削られていきます。そこは医療がお手伝いできるところです。忘れるためではなく、その人を大切に思ったまま日々を送れるようにするために、気になった時点でご相談ください。ご家族だけでいらしても構いません。
この記事の監修
赤坂心療内科クリニック 院長
宮本 せら紀(みやもと せらき)
医学博士・心療内科専門医・認定内科医・日本医師会認定産業医
日本大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院にて臨床研修。東京大学大学院にて医学博士号取得(ストレス防御・心身医学)。日本心身医学会・日本心療内科学会ほか所属。

