
大人の吃音(きつおん)でつらいのは、話し方そのものより、話す場面を避けるようになっていくことです。
言いたい言葉が出てこないので、言いやすい別の言い方に置き換える。電話が鳴ると身構える。会議で意見はあるのに手を挙げない。自己紹介の順番が近づくと、心臓が速くなる——そんな毎日を送っている方に向けて書いています。
この記事では、吃音で実際に起きていることと、よく混同される社交不安障害との違い、そしてどこに相談すればよいのかを、心療内科医の視点で整理します。
吃音とは
話し言葉がなめらかに出にくい状態で、次の3つの形が知られています。
- 繰り返し——「わ、わ、わたしは」のように、音や語の一部を繰り返す
- 引き伸ばし——「わーーたしは」のように、音が伸びる
- ブロック——最初の音が出ず、声が詰まって止まる
多くは幼児期に始まります。大人になって続いている場合、話し方の症状そのものは目立たなくなっていても、後で述べる二次的な部分が残っていることが少なくありません。
ここではっきりさせておきたいことがあります。吃音は、性格が弱いから起きるものでも、緊張しやすいから起きるものでもありません。緊張で症状が強まることはありますが、それは原因ではなく増幅する条件です。
大人になると、問題の中心が移ります
大人の吃音でご相談が多いのは、話し方よりも次のような部分です。
- 言い換え——出にくい音を避け、別の言葉に置き換える。伝えたい内容が変わってしまうこともあります
- 回避——電話、発表、自己紹介、注文など、特定の場面そのものを避ける
- 予期不安——「次の場面で詰まったらどうしよう」と、話す前から緊張が高まる
- 随伴する動き——言葉を押し出そうとして、まばたきや手の動きが伴う
- 疲労——言い換えを探し続けるため、会話のあとに強い疲れが残る
周囲から見て「普通に話せている」ように見える人ほど、この負担は大きくなります。なめらかに聞こえるのは、水面下で膨大な言い換えをしているからということがあるためです。
進路や仕事の選び方を、話す場面の少なさで決めてきた、という方も少なくありません。
社交不安障害との違い
この二つは混同されやすく、実際に重なることもあります。目安を整理します。
| 吃音 | 社交不安障害 | |
|---|---|---|
| 中心にあるもの | 言葉が出にくいという話し方の問題 | 評価されることへの強い恐れ |
| 一人でいるとき | 音読でも出ることがある | 一人なら問題なく話せる |
| 歌うとき | 出にくくなることが多い | 人前ならやはり緊張する |
| 始まった時期 | 幼児期からのことが多い | 思春期以降が多い |
| 避ける理由 | 詰まる場面を避けたい | 失敗して評価が下がるのが怖い |
見分けの手がかりは「一人のとき」と「歌うとき」です。吃音では、歌う・声をそろえて読む・ペットに話しかけるといった場面で症状が軽くなることが知られています。
ただし、吃音があることで後から社交不安が重なってくることは珍しくありません。その場合は、どちらか一方ではなく両方を見ていく必要があります。社交不安障害や電話が怖くて出られない状態についても、あわせてご覧ください。
セルフチェック
ここ1年ほどを振り返って、当てはまるものを数えてみてください。診断ではなく、相談するかどうかを決めるための目安です。
- 言いにくい音を避けて、別の言葉に言い換えることがよくある
- 電話をかける前に、話す内容を文章にして用意している
- 自己紹介や点呼の順番が近づくと、心臓が速くなる
- 人と話したあと、内容以上に「詰まらなかったか」を振り返ってしまう
- 会議で意見はあるのに、発言しないまま終わることが多い
- 話す機会の少なさで、仕事や進路を選んだことがある
- 歌うときや一人で音読するときは、比較的なめらかに出る
- 話すことを考えると、前の日から気が重くなる
3つ以下なら、無理に当てはめる必要はありません。5つ以上あり、そのために予定や働き方を変えているなら、一度ご相談ください。

なぜ、場面によってこれほど差が出るのか
同じ人でも、詰まる場面と、まったく問題なく話せる場面があります。この差が、周囲からの誤解を生みます。
- 歌う、声をそろえて読む、小さな子どもやペットに話しかける——こうした場面では軽くなることが知られています
- 逆に、電話、発表、目上の人との会話、自分の名前を言う場面では強く出やすくなります
- 「注意が自分の話し方に向いているかどうか」が、差を生む条件のひとつと考えられています
この差があるために、「本気を出せば話せるはずだ」「緊張しなければいいだけだ」と受け取られてしまうことがあります。しかし、場面で変わることは、意志で操作できることを意味しません。
どこに相談すればよいのか
吃音は、扱う専門が分かれています。ここを整理しておくと、遠回りが減ります。
| 相談先 | 主に扱うこと |
|---|---|
| 言語聴覚士(ST)のいる医療機関・支援機関 | 話し方そのものへのアプローチ、発話の練習 |
| 心療内科・精神科 | 二次的に生じた不安・抑うつ、回避、予期不安への対応。職場や学校との調整、診断書 |
| 職場・学校 | 電話業務の配慮、発表方法の調整など、環境側の工夫 |
正直にお伝えすると、吃音そのものの発話訓練は、言語聴覚士の専門領域です。当院がお役に立てるのは、そのまわりで起きている部分になります。
- 話す場面を避け続けた結果、行動範囲が狭くなっている
- 予期不安が強く、前日から眠れない
- 詰まった場面を繰り返し思い出して落ち込む
- うつ状態が重なってきている
- 職場に何をどう伝えればよいか分からない
- 休職や働き方の調整を考えたほうがよいか迷っている
こうした状態に対しては、心理療法を用いながら、避けている場面に少しずつ戻る計画を一緒に立てていきます。必要に応じて休養や働き方の調整についても相談できます。
なお、吃音は発達障害者支援法の対象に含まれており、状況によっては公的な支援や配慮の対象となる場合があります。該当するかどうかは個別の事情によりますので、発達障害の窓口や自治体の支援機関にご確認ください。
周囲の方へ
ご家族や職場の方から「どう接すればよいか」と尋ねられることがあります。大切なのは次の点です。
- 言い終わるまで待つ。先回りして言葉を言ってしまわない
- 「落ち着いて」「ゆっくり」と助言しない。本人はすでに十分に意識しています
- 言葉ではなく、話している内容のほうに反応する
- 電話や発表など、特定の業務だけ調整できないか検討する
- からかいや物まねは、たとえ親しみからでも本人には深く残ります
指摘しないこと自体が、最も実用的な配慮です。
受診の目安
- 話す場面を避けるようになり、行動範囲が狭くなってきた
- 発表や電話の前に、動悸や吐き気、不眠が出る
- 詰まった場面を何度も思い返して、気分が落ち込む
- 仕事や学業に支障が出ている
- 人と関わること自体を避けるようになってきた
- 消えてしまいたいという気持ちが浮かぶことがある
最後の項目に当てはまる場合は、期間に関係なく早めにご相談ください。
よくあるご相談例
外来では、次のようなご相談をよくお聞きします。いずれも特定の方のお話ではなく、多く寄せられる悩みを一般化したものです。
- 電話対応のある部署に配属され、出社前から動悸がするようになった
- 会議で発言を求められる場面が増え、異動を希望しようか迷っている
- 言い換えを続けているため人には気づかれないが、会話のあとにひどく疲れる
- 子どもの頃からのことなので、いまさら相談してよいのか分からない
よくある質問
大人になってからでも、よくなりますか?
話し方の症状がどの程度変わるかは個人差が大きく、断言はできません。ただ、避けていた場面に戻れるようになる、疲れ方が変わる、といった形の改善は多くの方に起こります。目標を「完全に詰まらないこと」に置かないほうが、結果として楽になりやすいと考えています。
緊張しなければ治るのではないですか?
いいえ。緊張は症状を強める条件ではありますが、原因ではありません。「緊張しなければいい」という助言は、できないことを求められているのと同じになってしまいます。
就職の面接では、伝えたほうがよいでしょうか?
決まった正解はありません。伝えることで配慮を得やすくなる一方、伝えない選択も当然あります。どちらが有利かではなく、ご自身がどちらを選びたいかを整理するところから、診察でご相談いただけます。
子どもの吃音も相談できますか?
お子さんの発話そのものについては、言語聴覚士のいる機関や自治体の相談窓口が中心になります。ただ、場面緘黙のように話せない状態が別の背景による場合もあり、見分けが必要なこともあります。迷われたらご相談ください。
参考文献

医師からのメッセージ
「子どもの頃からのことだから」「これくらいで受診するのは大げさだから」と、長く一人で抱えてこられた方が多い領域です。けれど、話す場面を避けるために進路や仕事を選び直してきたのなら、それは決して小さな負担ではありません。
目標は、完全になめらかに話せるようになることでなくて構いません。避けていた場面に少しずつ戻れること、話したあとの疲れが減ることも、十分に意味のある変化です。うまく説明できないままで構いませんので、気になった時点でご相談ください。
この記事の監修
赤坂心療内科クリニック 院長
宮本 せら紀(みやもと せらき)
医学博士・心療内科専門医・認定内科医・日本医師会認定産業医
日本大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院にて臨床研修。東京大学大学院にて医学博士号取得(ストレス防御・心身医学)。日本心身医学会・日本心療内科学会ほか所属。

